日本だけ神話? G7の建国記念日を比べてみたら面白かった
国の「始まり方」をめぐる歴史雑学
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
2月11日は「建国記念の日」。 この時期になると、街のあちこちで日の丸を見かけたりしますが、実はこの祝日、世界的に見るとかなり珍しい成り立ちをしていることをご存知でしょうか。
多くの国にとって、建国記念日は「独立を勝ち取った日」や「革命が起きた日」といった、明確な政治イベントを指すことが多いようです。ところが日本の場合、そのルーツを辿っていくと、歴史の教科書を飛び越えて、壮大な「神話」の世界にまで遡ることになります。
今回は、G7各国の建国の日を比較しながら、日本という国の少し不思議で、そして魅力的な「始まり方」について見てみたいと思います。
G7各国の建国記念日は「政治の節目」
まずは、日本以外のG7諸国がどんな日を「建国」としているのかを眺めてみましょう。驚くほど「政治的なイベント」に集中していることがわかります。
アメリカ合衆国
独立記念日(7月4日) 1776年にイギリスの植民地支配からの独立を宣言した日です。まさに「自分たちの手で国を作った」という意志の記念日ですね。
フランス
パリ祭(7月14日) 1789年のフランス革命で、市民がバスティーユ牢獄を襲撃した日です。王政から共和制へと時代が大きく動いた歴史の転換点です。
ドイツ
ドイツ統一の日(10月3日) 1990年に、分断されていた東西ドイツが再び一つになった日です。G7の中では、最も新しい建国記念日ですね。
イタリア
共和国記念日(6月2日) 1946年、第2次世界大戦後の国民投票で、王政を廃止して共和国になることを選んだ日です。
カナダ
カナダ・デー(7月1日) 1867年に、イギリスの植民地支配から一つの連邦として成立した日です。実質的な独立は1931年とされています。
イギリス
意外なことに明確な日がありませんでした。 イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」ですが、イングランドやスコットランドなどが長い時間をかけて連合国家を形成してきたため、特定の「建国の日」という祝日を設けていないとのこと。
こうして並べてみると、欧米の多くの国にとっての建国は、革命や独立といった「古い体制を壊して、新しい仕組みを立ち上げた日」であることがわかります。国家とは、契約や政治的な決断によって生まれるものだ、という考え方が根底にあるのかもしれません。
日本のはじまりは、紀元前660年の霧の中に
では、日本の場合はどうでしょうか。 2月11日は、かつての祝日である「紀元節」がもとになっています。これは、日本の初代天皇とされる神武天皇が即位した日を、明治政府がグレゴリオ暦に換算して定めたものです。
その即位の年は、なんと紀元前660年。今から2600年以上も前のことです。 もちろん、歴史学的にこの年代をそのまま史実として扱うことは難しいのですが(縄文時代後期あたりになるため)、重要なのは「日本人は、自分たちの国の始まりをそのように語り継いできた」という文化的な事実です。
日本の建国物語は、文字通り「天地が開けたとき」から始まります。古事記や日本書紀に記されたその物語を、少し詳しく辿ってみましょう。
天地開闢から、神々の国生みへ
古事記の冒頭は、宇宙の始まりのような、どこか神秘的な書き出しで始まります。 「天地が初めて開けたとき、高天原に神々が現れた……」 ここから、神々の系譜が語られていきます。やがて現れたイザナギとイザナミという二柱の神が、天の浮橋から矛で混沌とした海をかき混ぜ、滴り落ちた雫が島になったという「国生み」の神話です。
太陽の神である天照大神(アマテラスオオミカミ)の誕生、そしてその孫であるニニギノミコトが、天上の神々の世界(高天原)から地上へと降り立つ「天孫降臨」。 このとき、ニニギノミコトは天照大神から、三種の神器とともに「この地を治めなさい」という言葉を授かったと言われています。
神武東征:道なき道を行く「大冒険」
神武天皇の東征は、単なる軍事行動というよりは、文字通りの「大冒険」として描かれています。 瀬戸内海を渡り、険しい山々を超えていく中で、彼らは何度も窮地に立たされます。
そんなとき、空から遣わされた三本足の大きなカラス、八咫烏(ヤタガラス)が道案内をして助けてくれた、という不思議なエピソードも残っています。
さまざまな苦難と、不思議な奇跡の末に、神武天皇が橿原の地で即位したのが、紀元前660年の旧暦1月1日のことでした。
日本の建国は、誰かとの戦いによる「独立」というよりも、神々の物語から連綿と続く「継承」の結果として語られているのです。
なぜ「建国記念の日」に「の」が入るのか
さて、ここでもう一度、現在の祝日の名前に戻ってみましょう。 なぜ「建国記念日」ではなく、間に「の」が入っているのでしょうか。
戦後、GHQの意向で廃止されていた「紀元節」を復活させようという動きがあった際、激しい議論が巻き起こりました。「神話を根拠にするのは科学的ではない」という意見もあれば、「伝統を大切にすべきだ」という声もありました。
その末に生まれたのが、建国記念の日という呼び方です。 この「の」には、特定の歴史的事実としての「建国日」を祝うのではなく、日本という国ができたこと自体を祝い、その歩みをしのぶという、日本らしい、少し慎重で繊細なニュアンスが込められているわけです。
歴史を科学的に分析することも大切ですが、同時に「自分たちがどこから来たのか」という物語に敬意を払い大切にすることも、同じくらい重要なのだという、ある種のバランス感覚のあらわれなのかもしれませんね。
クリエイターの視点で見つめる「物語型の国家」
僕はイラストレーターとして、日々さまざまな「物語」を視覚化する仕事をしています。そんな僕の視点から見ると、日本という国は非常に「物語的な始まり方」をした、ユニークな存在に見えるのです。
欧米の建国が、設計図を描いてから建てる「建築型」の国家だとしたら、日本はいつの間にか芽が出て、枝を伸ばし、大樹へと育ってきた「植物型」あるいは「物語型」の国家と言えるかもしれません。
これはフリーランスの働き方や、ブランディングにも通じる部分がある気がしています。
完璧な事業計画(建国日)があって始まる仕事もあれば、自分の好きなことや大切にしたい価値観(神話)から、いつの間にか形になっていく仕事もありますよね。
後者の場合、「いつから始めたのか」を特定するのは難しいかもしれませんが、そのぶん「なぜ続けているのか」という根っこの部分は、とても深く、豊かになる気がします。
現代の僕たちにとっての意味
2月11日の建国記念の日。この日は、現代の僕たちにとって何の日なのか。独立を祝う日でも、革命を祝う日でもない。かといって完全な神話の日でもありません。
それはおそらく、「この国が長く続いてきたことを一度立ち止まって考える日」なんじゃないかなと思っています。
文化、言語、生活習慣、仕事の仕方。僕たちが当たり前に使っているものの多くは、かなり長い歴史の積み重ねの上にあるからです。
最後に少しだけ
古事記の冒頭に記された宇宙の始まりから、2600年以上の時を経て今に続く、日本の物語。たとえそれが科学的な「事実」とは少し違っていたとしても、その物語を信じ、語り継いできた人々の心が、今の日本という国を形作っているのだと思います。
もし、今年の建国記念の日に少し時間ができたら、普段は読まないような神話の本を手に取ってみたり、自分の仕事の「始まりの物語」を振り返ってみたりするのも面白いかもしれませんね。
神話は決して古臭い作り話ではなく、今を生きる僕たちの足元を照らしてくれる、時を超えたヒントに満ちている。僕はそんなふうに思っています。
歴史とビジネス、そして働き方という視点で、これからもこのブログを通じて、皆さんと一緒に「物語」を探していければ幸いです。
おしまい。
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