ホワイトカラーの歴史 ― 会社員という働き方は、いつから「普通」になったのか
ホワイトカラーはAIに仕事を奪われる?
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
最近、「AIに仕事を奪われるのは、まずホワイトカラーだ」という話をあちこちで見かけるようになりました。事務職、経理、法務、翻訳、ライター、デザイナー……。パソコンの前で「カチカチ」やっている仕事ほど危ない、みたいな言い方をされることもありますよね。
それを見ながら、ふと思いました。そもそも、ホワイトカラーっていつからこんなに「普通の仕事」になったんだろう?
会社に行って、机に向かって、会議して、書類を作って、月給をもらう。今ではごく当たり前に見えますが、実はこれ、歴史の長い物差しで見ると、驚くほど「最近の流行」だったりするんですよね。
「ホワイトカラー」って、そもそも何なのか
「ホワイトカラー」という言葉が定着したのは、1920年代のアメリカだと言われています。当時の社会は、産業革命を経て工場がどんどん巨大化していた時代。現場で油にまみれて働く人たちは、汚れが目立たない青い作業着を着ていました。これが「ブルーカラー」です。
一方で、工場のオフィスや管理部門で働く人たちは、白いワイシャツを着ていました。彼らの服が白いままでいられるのは、「肉体労働をしていない証」でもあったんです。当時は洗濯も大変でしたから、毎日真っ白なシャツを着られる仕事という意味で「ホワイトカラー」と呼ばれたのですね。
ところで、「月給」を英語でサラリー(salary)って言いますよね。この言葉の語源が面白いんです。ラテン語の「sal(塩)」に由来していて、古代ローマの兵士が給与として塩を支給されていたことが起源だと言われています。
塩は当時、保存食を作るための貴重な物資でした。塩をもらえること自体が、報酬だったのです。「あの人は仕事ができる」という意味の英語表現「worth his salt(塩に値する)」も、同じ語源からきています。
月給(salary)をもらう人(man)という意味で「サラリーマン」。これは明治時代後期から大正時代にかけて生まれた和製英語です。西洋式企業が導入され、月給制の会社員(主に男性のホワイトカラー労働者)を指す言葉として普及しました。
僕ら現代人が、銀行口座に振り込まれた数字を見て「今月もなんとかやっていけるぞ」と安堵する感覚。それは2000年前の兵士たちが、ずっしりと重い塩の袋を受け取って「これで家族が食べていける」と胸を撫で下ろした感覚と、きっと地続きなんだと思います。
そう思うと、どんなにテクノロジーが進歩しても、僕たちが働いて報酬を得るという行為の根底にある「切実さ」は、ずっと変わっていないのかもしれない。そんな風に考えると、少しだけ歴史が身近に感じられますね。
人類の大半は、ずっとホワイトカラーではなかった
当たり前ですが、昔の人の多くは会社員ではありませんでした。産業革命以前の世界では、人類の9割は農民でした。畑を耕し、家畜を育て、季節と天気に左右されながら暮らしていました。
太陽と共に起き、土にまみれ、季節の移ろいに怯えながら、目の前の作物を育てる。それが何千年も続いた「普通」の働き方でした。都市部でも、自分の手でモノを作る職人や、各地を飛び回る商人が中心。
もちろん昔から役人や書記のように、帳簿や文書を扱う人はいました。でもそれは社会のごく一部です。
「組織に所属して、毎日同じ時間の電車に乗って、冷暖房の効いた部屋でキーボードを叩く」こんなライフスタイルが一般化したのは、せいぜいここ100年ちょっとのことなんです。
ホワイトカラーを大量に必要としたのは、近代社会だった
ホワイトカラーが一気に増えるのは、やはり近代です。工場ができて、大量生産が始まり、鉄道が走り、モノが広い範囲で売られるようになる。そうなると、ただ現場で作るだけでは社会が回らなくなります。
在庫の管理、給与計算、取引の記録、契約書の作成……。情報と書類と組織を動かす仕事がどんどん増えていきました。
この時代に登場した、ある発明がホワイトカラーの歴史を大きく変えます。タイプライターです。
1870年代にアメリカで普及し始めたタイプライターは、それまで手書きだった文書作成を一変させました。そしてもうひとつ、思わぬ変化をもたらします。「タイピスト」という職業を生み出し、大勢の女性がオフィスに進出するきっかけになったのです。
それまでの事務職は、ほぼ男性の仕事でした。ところがタイプライターの操作は、当時「繊細な指先が向いている」と考えられ、女性が積極的に採用されるようになりました。理由はともあれ、タイプライターはオフィスの風景を根本から変えた発明だったと思います。
日本のサラリーマンは、設計されたものだった
日本に目を向けると、ホワイトカラーの歴史にはさらに面白い背景があります。
明治維新後、近代国家を急いで作ろうとした日本政府は、欧米の組織モデルを意図的に輸入しました。官庁をつくり、そこに働く人材を育てるために学校制度を整え、試験によって人材を選抜する仕組みを作った。つまり、日本のサラリーマン文化の原型は、明治政府が上から設計したものでもあるのです。
「良い学校を出て、大きな組織に入る」という価値観は、江戸時代からあったわけではなく、明治以降、わずか数十年で社会に根付いた、かなり新しい発想なのです。
戦後になると、この傾向はさらに強まります。終身雇用、年功序列、会社への帰属意識。これらは日本の「伝統的な文化」のように語られることもありますが、実は高度経済成長期に形作られた、比較的新しい仕組みだったりします。
江戸時代までの日本人は、実はもっと自由奔放だったんですよ。 職人は腕一本で渡り歩くし、農民だって閑散期には江戸に出て副業に励む。一人の人間が複数の顔を持って、状況に応じて働き方を変えるのが当たり前。今で言う「パラレルワーカー」みたいな生き方が、むしろ普通だったんです。
それが昭和に入り、高度経済成長期を迎えると、終身雇用や年功序列というシステムが完成します。会社が家族の面倒まで見てくれる代わりに、社員は会社に忠誠を誓う。この強力なシステムがあったからこそ、日本は奇跡の復興を遂げたわけですが……。
でも、歴史の長い目で見れば、この「会社と心中する働き方」こそが、むしろ特殊な時代背景が生んだ「例外」だったと言えるのかもしれません。
AIが揺さぶっているのは、仕事より「当たり前」かもしれない
さて、ここまでの歴史を振り返った上で、もう一度「AIとホワイトカラー」の話に戻ってみましょう。
AIは、文章を要約したり、分類したり、翻訳したり、議事録をまとめたりするのが得意です。つまり、ホワイトカラーの仕事の中でも、定型化しやすい部分をかなり速い勢いで飲み込み始めています。
これらは、かつての「手書き」が「タイピング」に置き換わったように、猛烈な勢いで自動化されていくでしょう。それは確かに、事務職や僕らクリエイターにとって、無視できない脅威です。
でも、歴史が教えてくれるのは、「作業」が機械に置き換わった後、人間には必ず「別の役割」が回ってくるということです。
タイプライターが普及した時、事務員は「清書する人」から「文書を構成する人」に変わりました。 パソコンが普及した時、イラストレーターは「絵の具を乾かす人」から「無限のレイヤーを管理する人」に変わりました。
じゃあ、AI時代には何が変わるのか?
僕は、それは「責任」と「調整」、そして「手触りのある判断」だと思っています。 AIはどんなに素晴らしい文章を書いても、その内容に責任は取ってくれません。AIはどんなに美しい絵を描いても、クライアントの「なんとなく、もっと温かい感じで……」という、言語化できない曖昧なニュアンスを汲み取って、一緒に悩んではくれません。
人と人の間に立って、摩擦を恐れずに調整し、最後は「よし、これでいこう」と覚悟を決める。 この「泥臭い人間関係のプロセス」こそが、AIに最も削られにくく、そしてこれからの時代に最も価値が高まっていく部分ではないでしょうか。
フリーランスとして20年以上やってきた僕も、正直に言えば不安です。 自分の技術が古くなっていないか、明日にはもっと便利なツールが出てくるんじゃないか。夜中に冷や汗をかくことだってあります。
でも、歴史を見てみると、働き方のルールなんて、いつだって数十年単位でガラリと書き換わってきたんです。 農民から工場労働者へ、そして会社員へ。 そのたびに、当時の人々は「もう終わりだ」と絶望し、そして新しい環境に適応して、新しい「当たり前」を作ってきました。
今、僕たちが感じているこの不安は、新しい時代の産みの苦しみのようなもの。 「会社員」という働き方が、もし歴史上の一時的なトレンドなのだとしたら、そのトレンドが終わった後に広がるのは、もっと多様で、もっと人間味に溢れた、自由な草原かもしれません。
AIという強力な相棒を手に入れた僕たちは、その草原で、どんな新しい「塩」を稼いでいけるでしょうか。
働き方の歴史は、いつも入れ替わってきた
歴史を見ていると、「当たり前の仕事」はずっと固定されていたわけではありません。農民が多数派だった時代もあるし、職人が社会を支えた時代もあります。工場労働者が国の力の象徴だった時代もあるし、近代には会社員や事務職が社会の真ん中に座るようにもなりました。
タイプライターがオフィスの風景を変えたように、新しい道具はいつも「誰が、どんな仕事をするか」を変えてきました。AIもその延長線上にあるのだと思います。
会社員という働き方は、ずっと昔からあった普遍的なものではありませんでした。そしてたぶん、この先も今のままではいないのでしょう。
歴史という高い山の上から見下ろしてみると、今の僕たちの悩みも、長い変化の一部に過ぎないんだな……と思えてきます。
僕も、ペンを持つ手が震える日は、かつて塩の袋を受け取ったローマの兵士や、初めてタイプライターの前に座ったタイピストたちの姿を思い浮かべてみようと思います。みんな、形は違えど、新しい風の中で一生懸命生きていたんですよね。
皆さんは、この変化の風を、どんな風に感じていますでしょうか。 もしよかったら、コメント欄やSNSで教えていただけると嬉しいです。
おしまい。






