お金儲けは、卑しいことなのか

こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。

「お金儲けがしたい」と口に出すと、なんとなく俗っぽく見られる気がしませんか。

でも「社会のために働きたい」と言うと、今度はきれいごとに聞こえてしまう……。

このふたつの間で、なんとなく居心地の悪さを感じたことがある方は、少なくないのではないでしょうか。お金の話は、どこか語りにくい空気があります。特にこの日本では。

でも、明治の実業家・渋沢栄一はその二つを分けませんでした。

利益を出すこと。社会を良くすること。人として正しくあること。この三つを切り離さずに考えたのが、渋沢栄一の『論語と算盤』でした。

渋沢栄一とは何者だったのか

渋沢栄一は1840年、現在の埼玉県深谷市に生まれました。農家の長男として、幼い頃から家業の藍玉の製造・販売や養蚕に関わりながら、同時に『論語』などの学問も学んでいます。

『論語』とは、春秋時代の思想家である「孔子」の教えや弟子たちとのやり取りをまとめた中国の古典です。人としてどう生きるか、道徳や礼儀を学ぶために書かれました。

縁あって一橋慶喜に仕える幕臣となり、1867年には徳川昭武の随行員としてヨーロッパを訪問。パリ万博を見て、西洋の経済制度や近代的な社会制度に触れました。帰国後は明治政府で大蔵省に入り、新貨条例や国立銀行条例などの制度整備に関わります。

その後実業界へ転じ、第一国立銀行の設立をはじめ、生涯で500社にのぼる企業の設立・育成に関わり、教育・福祉など600余りの社会事業にも力を注ぎました。1931年、91歳で没。

コケ丸
コケ丸
渋沢栄一って、最初から銀行家だったわけじゃないんだな
よしたか
よしたか
そうなんだよ。農村、幕末の志士、幕臣、官僚、実業家と、何度も立場を変えている人なんだ。むしろ幕末の混乱の中で、かなり危うい道も通っているんだよね

渋沢栄一という人の面白さは、最初から正しい道を知っていたことではなく、時代の激変の中で、自分の役割を何度も作り直したところにあるのだと思います。

血気盛んな若者から、現実を動かす実業家へ

若い頃の渋沢は、かなり血の気の多い人物でした。

尊王攘夷思想の影響を受け、高崎城乗っ取りや横浜外国人商館焼き討ちを企てたこともあります。計画は直前で断念されましたが、このエピソードは、渋沢がただの温厚な道徳家ではなく、「怒り」と「理想」で時代を変えたいという激しい思いを持った若者だったことを示しています。

コケ丸
コケ丸
おいおい、もし計画が実行されてたら一万円札の顔どころかテロリスト扱いだぞ……

幕臣として渡ったパリで、渋沢は近代資本主義の仕組みを目の当たりにします。

彼が見たのは西洋の豪華な建物だけではありませんでした。人々が資本を出し合い、会社を作り、銀行が信用を支え、事業が社会を動かしていく仕組みです。国を強くするのは、偉い人の号令ではなく、お金と信用が回る制度なのだという気づきでした。

ここで渋沢の中で何かが変わります。刀や怒号で社会を変えようとしていた若者が、「単なる破壊ではなく、制度を作り、産業を育てることで国を変える」という道へ進んでいきます。

よしたか
よしたか
若い頃の怒りや理想の勢いは激しいものだけど、ただ叫んでいるだけでは社会を動かせないんだよね。渋沢はそのエネルギーを、会社、銀行、制度、教育、福祉という形に変えていったんだと思う

そして、幕臣としてヨーロッパへ行ったのに、帰国したら仕えていた幕府がなくなっていました。明治維新が起きていたのです。なんという運命の皮肉。

普通ならここで人生が宙に浮きます。でも渋沢はそこで終わりませんでした。いったんは静岡藩に戻ったものの、1871年、明治新政府がその経験と人材を高く評価し、太政官から招かれて大蔵省(現・財務省)に迎え入れられました。

倒そうとしていた幕府に仕え、その幕府が消えたあとには、今度は明治政府に招かれる。渋沢の人生は、時代の転換点に何度も巻き込まれていきます。

数年間は、優秀な官僚として大蔵省で働いていた渋沢ですが、官僚としての出世や保身よりも、国家の経済を根本から強くするには民間の実業に身を置くべきだという信念から辞表を出します。

渋沢は、政府がいくら制度を整えても、実際に商工業を育てるのは民間の力だと考えていました。そのため「自分が政府にいるだけでは不十分で、商業界に入って日本の産業を直接育てるべきだ」と考えたのですね。

この発想は、のちに有名になる「道徳と利益の両立」や「公益を重んじる」という姿勢にもつながっています。

肩書きより、何を作るか。ポジションより、どんな信用を残すか。この選択は、当時としてはかなり異例のことでした。

民間に転じた渋沢が最初に取り組んだのが、第一国立銀行の設立です。

みんなでお金を出し合って会社を作る」という発想、今では当たり前の株式会社の仕組みが、当時の日本人には全く理解されませんでした。

渋沢は何度も何度も商人たちのもとを訪ね、説明して回りました。「そんな怪しい仕組みに金は出せない」と断られ続けながら、丁寧に説得を重ねていったのです。

新しい仕事や価値観は、最初はなかなか伝わらないものです。でも、何度も説明して、信頼を積み上げるしかありません。渋沢のこの粘りは、現代のフリーランスや起業家も見習うべきお話だと思います。

この最初の一歩が、のちに500社もの企業設立に関わる、規格外の実業家人生につながっていきました。素直に、カッコいい人だなと思います。

「論語と算盤」― 道徳と利益は対立しない

ここが本題です。

渋沢は常に『論語』を処世の基本理念とし、「道徳経済合一説」を唱えました。いわゆる「右手にそろばん、左手に論語」です。

そんな渋沢が残した言葉があります。

「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができない」

現代語で言い換えると、こうなります。

ズルく稼いだ金は、長続きしない。社会に信頼される稼ぎ方でなければ、富は本物にならない。

渋沢栄一は、「お金儲けをするな」と言った人ではありません。むしろ、お金を生む実業の力を誰よりも信じた人でした。ただしそのお金は、人としての道理に支えられていなければならない。そこが、渋沢の一番カッコいいところだと思います。

コケ丸
コケ丸
短期的に人の耳目を集めて儲けることだけを狙った商売ってチラホラみかけるけど、まさに「算盤だけ」って感じだよな
よしたか
よしたか
渋沢ならたぶん「それは長続きしない」と言うと思うよ。一時的には稼げても、信頼を失えば終わりだしね。だから「論語」を重要視したんだと思う

できる人と、信頼される人は違う

渋沢は『論語と算盤』の中で、人を「偉き人(えらきひと)」と「全き人(まったきひと)」に分けています。

能力(智)があって、意志(意)が強い人。これが「偉き人」です。仕事はできる。成果も出す。でも、そこに思いやり(情)がなければ、周りを疲弊させていきます。(そういう人、いますよねぇ~……)

能力・意志・思いやりの三つが揃ってはじめて「全き人」になれると渋沢は言います。

現代で言えば、「仕事はできるけど、誰もついてこない人」はたくさんいます。数字は出すけど、部下が次々と辞めていく。成果はあるけど、信頼がないという。

渋沢が「情」を大事にしたのは、それが道徳的に正しいからだけではなく、情のない仕組みは長続きしないと知っていたからだと思います。

コケ丸
コケ丸
「偉き人」より「全き人」か。なんか刺さるな
よしたか
よしたか
「偉き人」は結果を出せる。でも「全き人」は信頼を残せる。渋沢が目指したのは後者だったんだよね

権力で残る人、信頼で残る人

渋沢と同じ時代を生きた山県有朋という人物がいます。長州藩出身の軍人で、明治政府の権力の頂点に立ち、総理大臣も二度務めた人物です。陸軍・官僚閥を掌握し、「元老中的キーリングメーカー」として内閣の方針に強い影響力を持ち、自由民権運動を弾圧した人物として知られています。

ふたりはともに明治という時代を作った人間でした。でも、残り方がまったく違いました。
山県は権力で社会を動かし、渋沢は信頼で社会を動かした人でした。

山県の葬儀は国葬で、日比谷公園に1万人収容できる巨大テントを用意したにもかかわらず参列したのは1000人にも満たなかったと言われています。一方、渋沢の葬儀には3~4万人の人々が参列・見送りに訪れたとされています。どちらが正確かはさておき、ふたりの残した印象の違いは象徴的です。

権力は、持っている間だけ機能します。でも信頼は、持ち主がいなくなった後も残ります
渋沢栄一が死んでから90年以上経った今も、彼の言葉が読まれ、事業が続き、名前が語り継がれているのは、権力ではなく信頼を積み上げた人生だったからに他なりません。

渋沢栄一の仕事術:信頼は最大の資本である

渋沢の考え方を仕事術として整理すると、3つになります。

1. 利益を否定しない

お金を稼ぐことは決して悪ではありません。社会に必要な事業を続けるには、利益が必要です。渋沢は実業の力を誰よりも信じていた人でした。

2. ただし、利益だけを目的にしない

金儲けだけを目的にすると、信頼を失います。信頼を失えば、事業は長く続きません。「正しい道理の富でなければ永続しない」という言葉は、ここから来ています。

3. 個人の成功より、社会全体の繁栄を見る

自分だけが儲かればいいのではなく、産業を育て、社会を豊かにする。ここが渋沢の大きさです。

フリーランスとして20年仕事をしてきた実感として、これは本当に大切なことだと思います。短期的に高く売ることはできるかもしれません。でも、長く仕事を続けるには、結局「この人に頼みたい」と思われる信頼が必要です。渋沢のいう論語と算盤は、大企業だけの話ではなく、個人で働く人間にもかなり重なる考え方だと思います。

最後に:稼ぎ方には、その人の人格が出る

渋沢栄一は、きれいごとを言っただけの人ではありません。自分が倒そうとした幕府に仕え、帰国したらその幕府が消えていて、入った政府も自分から辞めて、誰も理解してくれない仕組みを説き続けた人でした。

そのたびに折れず、怒らず、次の役割を見つけていったんですね。そんな中で見つけた真実は、

「正しい道理に立たない富は、長く続かない」

ということでした。これは、現代でもかなり重い言葉だと思います。

何を売るのか。どう稼ぐのか。誰のために事業をするのか。その問いを抜きにした「算盤」は、いつか信用を失います。

渋沢栄一の『論語と算盤』は、単なる昔の実業家の教訓ではなく、今の時代にこそ必要な、仕事の品格についての本なのだと思います。

よしたか
よしたか
以上、渋沢栄一『論語と算盤』に学ぶ仕事の品格にまつわるお話でした

おしまい。

created by Rinker
¥1,012
(2026/5/1 21:40:14時点 楽天市場調べ-詳細)

created by Rinker
¥1,760
(2026/5/1 21:40:33時点 楽天市場調べ-詳細)

ABOUT ME
アバター画像
榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。