人が本当に壊れる瞬間 ― フランクル『夜と霧』が見抜いた、現代の仕事の危機
忙しさよりも、人をむしばむもの
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
忙しい時期というのは、案外なんとかなるものです。大変ではあっても、やることがはっきりしていれば、人はそれなりに前へ進めますから。
でも、しんどさには別の種類もあります。それは、忙しいとか疲れたとか、そういうことだけでは片づけにくいしんどさです。
目の前のことはこなしている。生活も一応回っている。それなのに、自分の中のどこかだけが、少しずつ空っぽになっていく。そんな感覚になることがあります。
実はこの「正体のわからないしんどさ」について、70年以上前に、人類史上類を見ない極限の状況の中で深く考えた人がいました。
精神科医ヴィクトール・フランクル。そしてその記録が『夜と霧』です。
9日間で書き残した男
まず、フランクル自身について少し触れておきます。
ヴィクトール・フランクル(1905〜1997)は、ウィーンのユダヤ人家庭に生まれました。精神科医として活躍していた彼は、1942年、37歳のときにナチスに逮捕され、アウシュビッツをはじめとする4つの強制収容所に送られます。
収容所では、すべてが奪われました。財産、自由、名誉、家族。妻のティリー、両親、兄弟のほとんどが収容所で命を落としました。フランクル自身も何度も死の淵をさまよいながら、1945年、奇跡的に解放されます。
解放された後、フランクルはすぐに原稿を書き始めました。その期間、わずか9日間。口述筆記で一気に書き上げた。しかも最初は「著者名を入れなくていい」と語ったとも伝わっています。
その原稿がやがて『夜と霧』となり、50カ国以上で翻訳され、20世紀を代表する一冊になっていきました。
『夜と霧』というタイトルは、ナチスドイツの秘密命令「夜と霧作戦(Nacht und Nebel)」に由来しています。
「夜と霧作戦」とは1941年、ヒトラーが占領地で反抗する人々を夜陰に乗じて密かに拉致し、行方をくらますという極秘命令に「夜と霧」(Nacht und Nebel)という名前がつけられました。収容された人々は「夜の闇と霧のように」消え去るイメージから、この表現が使われました。
そんな収容所での体験は、彼を壊すだけでは終わらず、その後の思想と人生を深く形作ることになりました。フランクル自身は1997年、92歳まで生き、晩年まで講演活動を続けます。
凍てつく朝、フランクルはティリーを思った
『夜と霧』の中に、一度読んだら忘れられない場面があります。
夜明け前、まだ暗い中を、収容者たちは凍った地面を踏みしめながら強制労働の現場へと歩かされます。足もとは凍り、体は震え、監視員に怒鳴られながら、誰もが無言で歩く。そんな状況の中で、フランクルは妻・ティリーの姿を頭の中に描き続けていました。
声、表情、笑顔。会えるかどうかもわからない。生きているのかどうかさえわからない。それでも、妻のことを思い描くその時間だけが、凍えた現実の中で唯一の温かさでした。
フランクルはこう書いています。「愛は、人間が求めうる究極のものである」と。
解放後、フランクルが知ったのは、ティリーがすでにこの世にいないという事実でした。
再会の希望は現実には叶わなかった。それでも、そのイメージが彼を生かし続けていた。そこにフランクルの思想の出発点があるように思います。
フランクルが発見した「第三の動機」
フランクルが収容所での体験を通じて辿り着いたのが、「ロゴセラピー(意味療法)」という考え方です。
フロイトは人間の根本的な動機を「快楽への意志」と考えました。アドラーは「力への意志」と考えました。それに対してフランクルは、人を最後に支えるものは別のところにあると考えます。「意味への意志」です。
人間が最も根本的に求めているのは、快楽でも権力でもなく、「自分の存在に意味があること」だとフランクルは言います。
彼はニーチェの言葉をよく引用していました。「なぜを持つ者は、いかにも耐えられる」という言葉です。
フランクルは、体力や意志の強さだけでは説明しきれない何かを見ていました。生きる意味を持ち続けられるかどうかが、人を支える大きな違いになると、彼は考えたのです。
「最後の自由」を守るために
『夜と霧』の中でよく引用されるのが、「最後の自由」という考え方です。人からあらゆるものを奪うことはできても、その状況にどう向き合うかという自由までは奪えない、というものです。
その「最後の自由」を守るために、フランクルは小さな実践もしていました。ひとつがユーモアです。彼は同じ収容者に、「今日、笑えるものをひとつ見つけよう」と声をかけていたと言います。笑いは現実を変えてくれません。でも、現実にのみ込まれきらないための、小さな抵抗にはなりえたのでしょう。
もうひとつは、解放後の自分の姿を具体的に想像することでした。過酷な労働の合間に、フランクルは「この経験をどんな場所でどんな聴衆に話すか」を頭の中でリハーサルし続けていたそうです。まだ来ていない未来に、すでに意味を見つけていた。
「人からあらゆるものを奪うことはできる。でも、その状況にどう向き合うかという自由だけは奪えない」というフランクルの言葉は、この実践から生まれたものです。
「やりがい搾取」には注意が必要
ここで、現代の話に戻ります。
フランクルの発見が現代のビジネスパーソンにとって重要なのは、「意味の喪失」が今の職場にも静かに広がっているからだと思います。
終わりの見えない修正作業。誰の役に立っているかわからない業務。評価されるのかどうかも曖昧なまま続く努力。こういう状態は、体力的には余裕があっても、人を確実に削っていきます。
忙しさだけなら、まだ耐えられます。理不尽だけでも、やり過ごせることがある。でも「何のためにこれをやっているのか」が完全に見えなくなったとき、人は急に力を失ってしまう。これはフランクルが収容所で見つめた問題と、どこか構造的に似ているように思います。
「やりがいがあるから低賃金でいい」「使命感があるから長時間労働も当然だ」という論理は「やりがい搾取」と呼ばれ、フランクルの思想の最も歪んだ使われ方です。意味を見つけることと、環境の悪さを耐えることは全く別の話です。
フランクルが言っているのは、どんな環境でも前向きでいろということではありません。「自分は何に向かって生きているか」を見失わないことの大切さです。
時にそれは、今いる場所を離れるという決断を後押しすることにもなると思います。
最後に
フランクルが9日間で書き上げた原稿は、彼にとって生き延びたことの意味そのものだったのかもしれません。あれだけのものを体験して、何も残さずにいることが、彼には耐えられなかったのでしょう。書くことが、彼の「なぜ」だったのかもしれません。
『夜と霧』は、軽々しく元気づけてくれる本ではありません。でも、人が本当に弱る瞬間と、それでも残るものの重さを、静かに教えてくれる本です。
忙しさの中で「何のために」が見えなくなったとき、いちど立ち止まって、自分を支えているものを思い出してみる。それだけでも、明日の仕事の見え方は、きっと少し変わるのかもしれません。
おしまい。





