なぜ人は物語に動かされるのか ― ハラリ『NEXUS 情報の人類史』を仕事論として読む
情報は、真実を伝えるためではなく、人と人をつなぐために存在する
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
突然ですが、質問です。
なぜAppleの製品は、同じスペックの競合品より高く売れるのでしょうか。なぜ同じコーヒーでも、スターバックスで飲むと少し特別な気がするのでしょうか。なぜ人は、会ったこともない誰かの「ビジョン」に共感して、お金を出したり、仕事を辞めて転職したりするのでしょうか。
製品の性能だけでは、説明がつきません。
そこには「物語」があります。そしてその物語を信じた人々が、ネットワークを作り、価値を生み出しています。
この構造を、人類史のスケールで解き明かしたのが、ユヴァル・ノア・ハラリの『NEXUS 情報の人類史』です。
ハラリという人物と、この本について
ユヴァル・ノア・ハラリは、イスラエルの歴史学者です。2011年に出版した『サピエンス全史』が世界的なベストセラーになり、「知の巨人」として知られるようになりました。
『NEXUS』は、『サピエンス全史』、その続編『ホモ・デウス』に次ぐ大きな問題提起の本です。石器時代からAI時代にいたるまでの「情報」の歴史を、上下2巻にわたって描いています。
この本のテーマを一言で言うなら、「情報とは何か」の再定義です。
情報は「真実」を伝えるものではなく、「つながり」を作るもの
ハラリがこの本で最初に提示するのは、情報に対する根本的な問い直しです。
僕たちはふつう、情報とは「現実を正確に表すもの」だと思っています。正確な情報が良い情報で、嘘や誤りは悪い情報だというふうに。
しかしハラリはこう言います。情報の本質は「正確さ」ではなく、「人と人をつなぐ力」にあると。
たとえば、「貨幣の歴史」の記事でもお話したように、一万円札は、それ自体には何の価値もありません。ただの紙です。でも、日本中の人々が「これには価値がある」という物語を信じているから、食べ物と交換できるし、家賃を払うこともできる。
宗教も同じです。神の存在を証明する物理的な証拠はありません。でも、同じ神話を信じる人々が集まることで、教会が建ち、軍隊が動き、文明が生まれました。
国家も、企業も、ブランドも、すべてこの構造で動いています。「物語を共有することで成立するネットワーク」が、人類の文明を作ってきたのだとハラリは言うのです。
印刷機からSNSまで、情報革命のたびに世界が変わった
ハラリがこの本で描くのは、情報技術が変わるたびに「誰の物語が広まるか」が変わり、権力の構造が変わってきた歴史です。
グーテンベルクの印刷機(15世紀)は、聖書を大量に複製できるようにしました。それまで聖職者だけが握っていた「神の言葉」が、一般の人々に届くようになった。その結果、宗教改革が起き、カトリック教会の権威が揺らぎ、プロテスタント諸派が誕生するなど、ヨーロッパの宗教地図が塗り替えられました。
ただし、印刷機が広めたのは「良い物語」だけではありませんでした。
同じ時期、ヨーロッパでは魔女狩りが急激に拡大しています。魔女の存在と処刑方法を詳細に記した『魔女への鉄槌』という本が1487年に出版され、印刷機によって広く流通しました。この本が「魔女はこういうものだ」という物語を標準化し、各地の審問官が同じ基準で「魔女」を見つけ出す仕組みを作りました。その結果、数万人とも数十万人ともいわれる人々が処刑されていったのです。
印刷機は真実を広めたのではありません。「多くの人が信じやすい物語」を広めたのです。
ハラリはここに、情報技術の本質を見ています。技術は中立ではない。どんな物語が広まりやすいかを、技術そのものが規定する。SNSが憎悪や陰謀論を拡散しやすい構造を持っているように、印刷機もまた、恐怖と排除の物語を大量生産する装置になりえたのですね。
20世紀のラジオとテレビは、国家が「国民という物語」を大規模に広める手段になりました。ヒトラーはラジオを使って、何百万人もの人々に同じ物語を届けました。戦時中の日本も同じです。
そして21世紀のSNSは、今度は個人が物語を発信できる時代を作りました。
SNSもまた、「真実の情報」のみを広めたわけではありません。むしろSNSは、人々が自分の信じたい物語だけに囲まれる「エコーチェンバー」を作り出しました。
ミャンマーのロヒンギャ迫害を生み出した「情報」
ここで、SNSが引き起こした悲劇的な実例を一つ紹介しておきたいと思います。
ミャンマーは東南アジアに位置する国で、国民の約9割が仏教徒です。ロヒンギャという、ミャンマー西部のラカイン州に住むイスラム教徒の少数民族がおり、彼らは長年にわたって「不法移民」として国籍を認められず、差別と迫害を受けてきた人々です。
2016〜2017年、ミャンマー軍はロヒンギャの村々を焼き打ちし、数千人が殺害され、70万人以上が隣国バングラデシュに逃れました。国連はこれを「民族浄化の教科書的事例」と呼びました。
この迫害に、facebookのアルゴリズムが深く加担していたとハラリは指摘しています。
当時のミャンマーでは、スマートフォンの普及とともにインターネットが急速に広まり、多くの人にとってfacebookが「インターネットそのもの」になっていました。情報収集も、ニュースも、人との交流も、ほぼすべてがfacebook上で行われていたほどです。
facebookのアルゴリズムは、ユーザーが長く画面を見続けるように設計されています。そのためには「感情を強く揺さぶるコンテンツ」が最も効果的です。怒り、恐怖、嫌悪。そういった感情を引き起こす投稿ほど、アルゴリズムは多くの人に広めました。
結果として、ロヒンギャを「犯罪者」「テロリスト」「仏教を脅かす存在」として描くヘイトスピーチや偽情報が、アルゴリズムによって爆発的に拡散されました。facebook社(現Meta社)が後に認めたところによると、同社はミャンマー語でのコンテンツ審査体制をほとんど持っておらず、問題のある投稿を削除する仕組みが機能していなかったのです。
facebookの社員がこの問題を社内で警告したのは2013年頃とされていますが、対応は遅れ、その間にもヘイトコンテンツは広がり続けました。
重要なのは、facebook社がロヒンギャ迫害を「意図した」わけではないという点です。アルゴリズムはただ、「ユーザーが反応しやすいコンテンツ」を広めただけでした。しかしその設計が、結果として憎悪の拡散装置になったのです。
ハラリはここに、現代の情報技術の本質的な問題を見ています。技術は意図を持たない。でも技術の設計思想が、どんな物語が広まりやすいかを決める。そしてその「広まりやすさ」が、現実の世界で人々の命を奪うことがある、という点です。
印刷機が魔女狩りを加速させたように、SNSもまた、恐怖と排除の物語を大量に流通させる装置になりえるのですね。
情報技術は決して中立ではなく、どんな物語が広まりやすいかを、技術そのものが規定するのです。
AIは「道具」ではなく「行為主体」になる
そしてハラリが最も深刻に論じるのが、AIという情報技術の登場です。
印刷機もラジオもSNSも、人間が使う「道具」でした。どんな物語を作り、どう広めるかは、最終的に人間が決めていた。
でもAIは違います。AIは自ら情報を解釈し、判断し、新しい情報を生み出す。ハラリはこれを「行為主体」と呼びます。
つまり、人間が命令したことをそのまま実行するだけの道具ではなく、何を見せ、何を広め、何を重要だとみなすかを、AI自身が選び始めているということです。
たとえば、ニュースフィードのアルゴリズムは、どの記事を誰に見せるかを自律的に判断しています。僕たちが何を信じるか、どんな物語を生きているかを、実はAIが形作っているのかもしれません。
人類がこれまで経験した情報革命は、「誰が物語を広めるか」という問題でした。でもAIが登場したことで、「誰が物語を作るか」という問題になってきた。そこにハラリは、これまでとは質的に違う変化を見ています。
仕事論として読むと、何が見えるか
この本を仕事論として読んだとき、僕が一番刺さったのはここです。
「情報は真実を伝えるものではなく、ネットワークを作るものだ」
フリーランスとして20年やってきた実感として、これはかなりリアルです。仕事の依頼は、必ずしも「一番うまい人」「一番安い人」のところに来るわけではありません。「この人に頼みたい」という感覚は、スキルだけでは説明がつかない。
絵のうまさだけでは決まらない「この人はこういう経緯で絵描きを目指し、こういう絵を描く人なんだ」という物語があるから、仕事の依頼や読者とのつながりが生まれます。その人の発信している物語、積み上げてきた信頼、醸し出している世界観。そういうものが「ネットワーク」を作り、仕事につながっていくのだと思います。
ブログやSNSで情報を発信することの意味も、ここから考え直せます。正確な情報を届けることも大切ですが、それ以上に「どんな物語を共有しようとしているか」が、読んでくれる人とのつながりを作ります。
僕の体感では、絵で食べていこうと思った時に必要な能力の内訳は、絵のうまさそのものは2割くらいで、人間性(言葉遣い、常識があるか、締め切りを守るか等)が3割、残りの5割がネットワーク(社交性含む)という感じですね。
ハラリが言う通り、宗教も国家も企業も、突き詰めれば「物語の共有」で成立しています。ブランドも、個人の仕事のスタイルも、同じ構造の上にあるんですね。
最後に
『NEXUS』は、読み応えのある本です。上下2巻で600ページ以上あり、石器時代から現代まで飛び回るので、読むのに中々体力がいります。
でも、読み終わったあとに残るのは、「情報とは何か」という問いに対する、まったく新しい視点です。
ニュースを見るとき、SNSを開くとき、誰かの言葉に心が動くとき。目の前の情報を「正しいか間違っているか」だけでなく、「それがどんなつながりを作ろうとしているのか」で見る癖がつく本です。
それはビジネスを考えるうえでも、日々の情報との付き合い方を考えるうえでも、かなり役に立つ視点ではないでしょうか。
「あなたが発信している情報は、どんなネットワークを作っていますか」
この問いは、歴史書の中の抽象的な問いではなく、今日の仕事に直接つながっている問いだと思います。
おしまい。
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