「金儲け」という言葉に感じる、後ろめたさ

こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。

フリーランスをしていると、値段の話をする場面が必ずやってきます。見積もりを出す。値上げを相談する。相場より安すぎる依頼を断る。

僕は20年以上この仕事をしていますが、正直に言うと、駆け出しの頃はこれが苦手でした。お金の話を切り出すたび、どこかで「がめついと思われないだろうか」という気持ちが働くのです。

不思議な話です。良い仕事をして、正当な対価を受け取る。ただそれだけのことなのに、なぜか後ろめたい。

この感覚は、僕だけのものではないと思います。日本語には「金儲け」「銭ゲバ」「守銭奴」と、お金を稼ぐことを卑しむ言葉がずいぶんあります。一方で「清貧」という美しい言葉もあったりします。

では、利益を得ることと、誠実に生きることは、矛盾するのでしょうか

今からおよそ300年前、まさにこの問いに正面から答えた日本人がいます。江戸時代の思想家、石田梅岩(いしだ ばいがん)です。

コケ丸
コケ丸
たしかに「儲かってまっか」って挨拶はあるのに、儲けてる人にはちょっと厳しい空気あるよな
よしたか
よしたか
その感覚、実は江戸時代の職業観と深く関係してるんだよ。梅岩はそこに真っ向から反論した人なんだ

商いの利益が、卑しいものと見られた時代

まず、梅岩が生きた時代の空気を押さえておきます。

江戸時代には「士農工商」という言葉が使われていました。ただし、かつて教科書で習ったような「武士、農民、職人、商人が上から順に並ぶ固定的な四階層制度」が、そのまま江戸社会の実態だったと考えるのは、現在では適切ではないとされています。実際の身分や職業のあり方は、もっと複雑だったからです。

しかし、商人が利益を得ることを卑しいとみなす考え方は確かに存在しました。

その理屈はこうです。農民は米を作る。職人は物を作る。それに対して商人は、「自分では何も生み出さず、他人が作った物を売買して利益を得ているだけではないか」、と。

つまり問題にされたのは、「商人という身分が最下層だから」という単純な話ではなく、商いによって利益を得ることそのものへの不信や軽蔑でした。

ところが皮肉なことに、江戸中期になると貨幣経済はますます発達し、商人の役割は社会の中で大きくなっていきます。大坂の豪商が大名に金を貸すことも珍しくありませんでした。

社会を動かすうえで商人は欠かせない。にもかかわらず、「利を求める商いは卑しい」という「賤商観」が残っている。

この矛盾に、正面から答えたのが石田梅岩でした。

45歳まで、商家で働き続けた男

石田梅岩の経歴は、なかなか異色です。

1685年、丹波国(現在の京都府亀岡市)の農家の次男に生まれました。子どもの頃から京都の商家へ奉公に出され、一度は実家に戻るものの、23歳で再び呉服商へ奉公。その後、長年にわたって商家で奉公を続けます。

つまり彼は、学者でも僧侶でもありません。商売の現場をひたすら生きた、たたき上げの商人でした。

そのかたわら、彼は独学を続けます。奉公の合間に神道・儒教・仏教を学び、やがて小栗了雲という在野の師に出会って、思想を深めていきました。

彼が商家を辞め、自宅で講座を開いたのは45歳のとき。当時としては、かなりの遅咲きです。

そして、この講座がまた型破りでした。聴講料は無料。誰でも自由に出入りしてよいという開かれた場だったと伝えられます。当時の学問といえば、身分ある者が師に入門して学ぶものです。それを「聞きたい人はどうぞ」と開いたんです。

とはいえ、最初の頃は聴衆がほとんど集まらなかったといいます。それでも彼は、聴く人が集まらなければ「たとえ辻に立ってでも自分の志を述べよう」と語ったと伝えられています。地味で、孤影悄然たる出発でした。

コケ丸
コケ丸
45歳から、しかも無料でスタートか。人が来なけりゃ辻に立つって、覚悟が違うな
よしたか
よしたか
この地道な講座から、後に全国へ広がる思想が育っていくんだよ。「石門心学」と呼ばれるものだ

「商人の利益は、武士の俸禄と同じである」

さて、梅岩の思想の核心です。

彼の主著『都鄙問答(とひもんどう)』は、問答形式(田舎から出てきた者が京都の梅岩を訪れて質疑応答する体裁)で書かれています。そこにはこんな趣旨の批判が登場します。「商人は安く買って高く売り、利をむさぼる欲深い者ではないか」。

これに対する梅岩の答えが、当時としてはかなり大胆なものでした。

商人の売買の利益は、武士の俸禄と同じものである

武士が主君に仕えて禄をもらうのは、正当な報酬です。農民が米を作って収入を得るのも当然です。ならば、商人が物を流通させ、人々の必要を満たして利益を得ることも、まったく同じく正当な報酬ではないか。

これは、当時の職業観の常識に真っ向から挑む主張でした。商いは卑しいのではない。商人の利益は、社会に必要な役割を果たした対価である。梅岩はそう言い切ったのです。

考えてみてください。もし商人がいなければ、米を作った農民は自分でそれを運び、売り歩かなければなりません。職人は自分で客を探すことになる。現代の言葉で言えば、物を必要な場所へ届け、取引を成り立たせる働きにも、当然対価があるという考え方です。

それを300年前に、身分と職分の秩序が生きている社会で主張したんですね。これがどれほど大胆なことか、想像していただけると思います。

ただし、彼は「儲けたい放題」を認めたわけではない

ここが石田梅岩の思想の、いちばん重要なところです。

彼は商売を全面的に肯定しましたが、同時に、非常に厳しい条件を付けました。梅岩が説いた徳目には正直・勤勉・倹約がありますが、商売の倫理としてとりわけ重いのが、正直と倹約です。

梅岩の言う正直は、単に嘘をつかないという意味にとどまりません。品質をごまかさない相手の弱みにつけこまない仕入れで値切った分まで自分の利益として二重に取らない商いのすべてを、天に恥じない形で行う

そして倹約もまた、単なるケチとは違います。梅岩の倹約は、物を大切にし無駄を省き身分不相応な贅沢を慎むこと。そして浮いたものを、めぐりめぐって世のために役立てる姿勢を指しました。

つまり梅岩の商人道は、こうなります。

利益を得ることは正しい。ただし、その利益は正直な商いによって得られたものでなければならない

そして彼は、この一線をきわめて厳しく引きました。梅岩は不正な利益を、一升の水に落ちた一滴の油にたとえています。ほんの少しでも不義の金が混じれば、正当に得た利益まで、まるごと汚れてしまう。

だからこそ、彼はこう説きました。「実の商人は、先も立ち、我も立つことを思うなり」。本当の商人とは、相手も自分も立つ道を考えるものだ、と。

相手が損をして自分だけが得をすれば、その一滴が全体を濁らせる。相手が立ち、自分も立つ。この双方が成り立つ形こそが、商売の本道である。

コケ丸
コケ丸
「先も立ち我も立つ」って、今でいうWin-Winじゃないか
よしたか
よしたか
そうなんだよ。しかも梅岩の場合、それが単なる交渉術じゃなくて、倫理として語られているのが面白いところなんだ

石門心学は、全国へ広がった

梅岩の思想は「石門心学」と呼ばれ、弟子の手島堵庵らによって整理され、全国に広がっていきます。

心学の講舎は各地に作られ、その数は最盛期に百数十か所にのぼったとも言われます。特徴的なのは、その伝え方でした。難しい漢文の講義ではなく、身近なたとえ話や道歌を使い、庶民にわかりやすく説く。武士も商人も農民も学べる場だったのです。

商人たちにとって、この思想がどれほどありがたかったか、想像できますね。「お前たちの仕事は卑しくない。正直に商いをするなら、それは立派な道である」。自分たちの商いにも、武士や農民とは別の「道」がある。そのことを、理屈として示してくれたのです。

そして、この精神は近江商人の「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の考え方とも響き合い、日本の商業道徳の底流を形づくっていきました。以前このブログで渋沢栄一を取り上げましたが、「論語と算盤」という彼の思想も、こうした日本的な商業倫理の系譜の上に立っていると見ることができます。

お金儲けは悪いことなのか ― 渋沢栄一『論語と算盤』に学ぶ仕事の品格渋沢栄一はなぜ「論語と算盤」を説いたのか。幕末の志士から実業家へ転じた人生をたどりながら、利益と道徳、信頼で仕事を続けることの意味を考えます。...

300年後の僕たちに効く、梅岩の理屈

さて、この300年前の思想は、現代の仕事にどう効くでしょうか。

僕は、冒頭に書いた「値段の話をするときの後ろめたさ」への、いちばん確かな処方箋だと思っています。

梅岩の理屈に従えば、こうなります。正直な仕事をして、その対価を受け取ることに、一片の後ろめたさもない。なぜなら、その利益は誰かをだまして得たものではなく、自分が果たした役割への報酬だからです。

逆に言えば、後ろめたさを感じるべき場面もはっきりします。品質をごまかしたとき相手が知らないのをいいことに不当な条件を通したとき自分だけが得をする取引をしたとき

つまり判断基準は、儲けているかどうかではなく、どう儲けたかなのです。

これは実務的にも役に立つ考え方です。値上げを相談するとき、「申し訳ないのですが」と縮こまるのではなく、「この仕事に対して、正当な対価はこれです」と説明できる。断るべき安すぎる依頼を、罪悪感なく断れる。

ただし、誤解しないでおきたいことがあります。梅岩にとって誠実さは、利益を長続きさせるためのテクニックではありませんでした。正直に商うこと自体が、商人の守るべき「道」だったのです。結果として、その姿勢が長く続く商売と相性がいいのは、いわば後からついてくるものでした。

儲けと倫理は、対立するものではない。誠実であることは、利益を得るための手段ではなく、利益を得る者が立つべき土台なのです。

最後に ― 儲けが悪なのではなく、儲け方が問われている

石田梅岩は1744年、60歳で亡くなりました。生涯、独身で、質素な暮らしを貫いたと伝えられます。自分の説いた倹約を、自ら実践した一生でした。

45歳まで一介の奉公人だった男が、無料の講座を開き、人が来ない日に辻に立つ覚悟を語り、やがてその思想は全国へ広がって、その後の日本の商業倫理を考えるうえで、今も語り継がれている。これもまた、遅咲きの人生の見事な一例だと思います。

そして彼が残した答えは、今もそのまま使えます。

「儲けること」は悪ではない。悪になるのは、儲け方のほうである

正直に働き、良いものを届け、相手も自分も立つ形を探す。そうやって得た利益に、後ろめたさを感じる必要はまったくない。むしろそれは、あなたが社会で果たした役割の証明なのですから。

次に見積書を出すとき、少しだけ胸を張ってみてください。正直に働いて得る利益は、決して卑しいものではない。300年前の京都で、梅岩はすでにそう説いていました。

よしたか
よしたか
以上、石田梅岩と商売の倫理にまつわるお話でした

おしまい。




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榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。