坂本龍馬という「変なビジネスマン」の話 ― フリーランス的生き方の原点
坂本龍馬はなぜ失敗続きでも活躍できたのか
坂本龍馬という名前を聞くと、「幕末の英雄」や、「日本を動かした革命児」というキラキラしたイメージが浮かぶと思います。 でも、彼の足跡をじっくり辿ってみると、実はかなり不安定で、泥臭い「名刺一枚のフリーランス」そのものだったことがわかります。
龍馬は決して剣の達人でもなければ、政治のトップに立った人間でもありません。脱藩浪人としてどこの藩にも正式には属さず、役職も給料もなく、常に資金繰りに追われているという、かなり不安定な立場にいました。
フリーランス的に見れば「立ち上げたプロジェクトが何度も潰れる」という、かなりハードな経験を繰り返している人なんです。
プロジェクトは何度も「倒産」した
例えば、龍馬が心血を注いだ神戸海軍操練所は、政治的な理由であっけなく閉鎖されてしまいました。 職を失い、行く当てもなくなった龍馬は、まさに「仕事がゼロになった個人事業主」の状態です。 その後、日本初の商社と言われる「亀山社中」を立ち上げるけれど、ここでも資金繰りには相当苦労していたそう。
さらに追い打ちをかけるように、大事な輸送船が沈没したり、訴訟沙汰に巻き込まれたり(いろは丸事件)。 キラキラした英雄譚の裏側は、資金繰りとトラブル対応に追われる、胃の痛くなるような日々の連続だったんじゃないかなと思います。 「安定」なんて言葉とは、一番遠いところにいた人とも言えますね。
自分が主役にならない「調整役」の極意
そんな龍馬がなぜ歴史を動かせたのか。 それは、彼が自分が「主役になろうとしなかったから」だと思います。
薩長同盟のときも、龍馬自身がリーダーとして旗を振ったわけじゃなく、 不信感でいっぱいの両者の間を行き来して、誤解をほどき、「それなら…」と言わせる場をつくっただけ。 今の仕事で言えば、利害関係が対立する部署同士を、うまく着地させる「最強のディレクター」とも取れますね。
龍馬の強みは、正論をぶつけることではなく、 代わりに「このままだと、あなた方は困りませんか?」「こうなったらお互いに損をしませんか?」という、相手の立場に立った問いかけを徹底していたことです。
ビジネスの現場でも、正論だけでは人は動かない。 相手が何を怖がっているのかを理解して、動きやすくしてあげる。 龍馬は「自分の意見を通す人」ではなく、「場を整える人」だったんですね。
どこにも属さないから、どこへでも行ける
龍馬は脱藩浪人で、どこの組織にも完全には属していませんでした。 不安定で信用されにくい立場だけれど、逆にその「身軽さ」が、人と人をつなぐ潤滑油になったとも言えます。
これは現代のフリーランスにとっても、一つの希望になるかもしれません。 特定の部署や組織の論理に染まっていないからこそ、全体を見渡せ、 組織の壁を越えて、新しい価値を生み出せるという希望に。
龍馬が残してくれた、ひとつの姿勢
龍馬の人生は、ハッピーエンドの成功物語ではありません。 志半ばで命を落とし、思い描いた未来を自分の目で見ることはできませんでした。
でも、彼が示した「組織に縛られなくても、人のあいだで価値を出す」という在り方は、今の時代にこそ光って見える気がします。 孤独になりがちなフリーランスだけど、誰かの話を聞き、場をつくる。 それもまた、立派な仕事の在り方なんじゃないかなと思います。
今日は無理に「成功」を目指すより、目の前の人の話をじっくり聞いて、その人が少しだけ動きやすくなる手伝いをしてみる。 そんな龍馬のような、ちょっとお節介で優しい一日を過ごしてみてはいかがでしょうか。
おしまい。




