仕事においてスキルより大切なものとは

こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。

仕事をしていると、スキルや実績が大切だということは、誰でも知っていますよね。でも長く続けていると、それだけでは足りないことにも気づいてきます。

「この人に任せて大丈夫だ」
「この人なら逃げない」
「この人なら見えないところでもちゃんとやる」

そう思ってもらえるかどうか。仕事の最後に残るのは、結局その人への信用なのかもしれません。では、その信用はどこから生まれるのでしょうか。

そこで思い出したいのが、新渡戸稲造の『武士道』です。

コケ丸
コケ丸
新渡戸稲造!旧五千円札の顔の人か
よしたか
よしたか
もう、旧旧五千円の人だね……それをリアルタイムで知るのも40代以上の人だけだろうね

「太平洋の架け橋になりたい」と宣言した男

新渡戸稲造は1862年、現在の岩手県盛岡市に生まれました。明治から昭和初期にかけて活躍した教育者・思想家で、国際連盟事務次長も務めた人物です。

彼は東京大学への入学面接で、将来の志望を聞かれた際、「私は太平洋の架け橋になりたい」と宣言したと言われています。

普通の学生が言えるセリフではありませんよね。でもその後の人生を見ると、この言葉は予言のように実現していきます。アメリカとドイツに留学し、当時極めて珍しかった西洋人の女性と国際結婚をし、英語で日本人の精神を世界に説明し、国際連盟で東西をつなぐ国際人としての役割を果たしたため、「人生を先に言葉にした珍しい逸話」として語られています。

太平洋の架け橋」はただのカッコいい言葉というだけではなく、文字通り新渡戸稲造の生き方そのものになっていったんですね。

コケ丸
コケ丸
入学面接でそんなこと言える人、普通いないよな
よしたか
よしたか
しかも本当にそうなったのがすごいよね。こういう有言実行のエピソードってカッコよくてすごく好きなんだ。自分の役割を若い頃から見えていた人だったのかもしれないね

なぜ新渡戸は『武士道』を書いたのか

新渡戸がアメリカに留学していたとき、西洋人の女性、メリー・エルキントンと恋に落ちます。やがてふたりは結婚しますが、当時の日本人と西洋人の国際結婚はかなり珍しく、周囲の反対や文化の違いでさまざまな困難があったといわれています。

その経験も重なってか、新渡戸は西洋と日本のあいだに立ち、ふたつの文化を行き来する視点を持っていました。

そしてあるとき、欧米人の知人から「キリスト教のような体系的な宗教教育を持たない日本で、人々はどうやって道徳を教えているんだ?」という問いを受けます。

この問いに、新渡戸はすぐには答えられませんでした。けれど考えていくうちに、日本人の道徳の背景には、武士階級を中心に育まれた倫理観があるのではないかと気づいていったのです。そこから生まれたのが、英語で書かれた『武士道』でした。

コケ丸
コケ丸
え、『武士道』って最初から日本人向けじゃなかったのか
よしたか
よしたか
そうなんだよ。日本人に向けて「武士道とはこうだ」と語ったものではなく、海外の読者に向けて日本人の倫理観を翻訳しようとした本だったんだね

自分たちにとって当たり前すぎるものは、外から問われて初めて言葉になる、これは現代にもつながる話だと思います。自分の強みや仕事の美学は、自分では意外と説明できないものですよね。でも他者に問われることで初めて「自分は何を大切にしているのか」が見えてくることがあります。

「武士道」がアメリカで出版されたとき、当時の反響はかなり大きく、特に欧米の知識人層や政治家に強い印象を与えたとされています。有名なのはセオドア・ルーズベルト大統領で、感銘を受けて周囲に配るために複数部を注文したと伝えられています。

当時まだよく知られていなかった日本を「野蛮」ではなく、道徳や規範を持つ文明国として紹介する本として読まれました。西洋の騎士道やキリスト教倫理と対比して説明していたため、異文化理解の本としても読まれやすかったと言います。

日露戦争後にはさらに注目が高まり、日本の強さを説明する本として国際的な評価が一気に高まりました。その後、日本語訳でも出版され、広く読まれるようになりました。

武士道は「戦う精神」ではなく「恥じない倫理」だった

武士道というと、刀、忠義、切腹、戦いのイメージが強くなりがちです。でも新渡戸が描こうとした武士道は、単なる戦闘マニュアルではありません。

彼が重視したのは、義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義といった徳目でした。

武士道とは、昔の武士を華やかに見栄えよく見せるための飾りではなく、「自分の行動を、自分で恥じないための倫理」だったのかもしれません。強くあることよりも、恥ずかしくない振る舞いをすること。そこに武士道の重心があったと言えます。

義 ― 損得より先に、筋を通す

武士道の中でまず大事なのが「」です。損得を超えて「人として筋が通っているか」を問う感覚です。

現代の仕事で言えば、クライアントに不利なことを黙っていない、できないことをできると言わない、短期的に得でも相手をだますような商売はしない、というところでしょうか。

前の記事で渋沢栄一が「正しい道理の富でなければ続かない」と考えたように、新渡戸の武士道もまた、損得より前に「筋」を置く思想でした。

誠 ― 言葉と行動を一致させる

仕事に引き寄せて考えるなら、一番わかりやすいのが「」です。誠とは、口先だけでなく、言ったことを行動で示すこと。納期を守る、約束を守る、守秘義務を守る、説明と実態を一致させる、ということです。

フリーランスとして20年仕事をしてきた実感として、「誠」であることはとても大切なことだと思います。絵のうまさだけでは、仕事は長く続きません。きちんと連絡が取れる、締切を必ず守る、嘘をついてごまかさない、言い訳をしない、できないことは隠さず早めに伝える。そういう地味な誠実さが、結局は次の仕事につながっていくのだと思います。

礼 ― 相手を雑に扱わない

「礼」も現代ビジネスにかなり使えます。「礼」とは、形式的なマナーだけではなく、相手を軽く扱わない態度です。

メールの返事を雑にしない、相手の時間を奪いすぎない、立場が弱い人に横柄にならない、成果物の向こうにいる人を想像する。そういうことです。

最近ではメールの文面をAIに任せる人も少なくないようですが、たしかにビジネス文書として無難な文章を作れたとしても、そこに心が見えなければ礼を尽くしたことにはならないと思います。ましてや、コピペ範囲を間違えて、AIに指示したプロンプト部分まで送ってしまう、なんていう失敗例もたまに聞きますが、これは相手を雑に扱っていることに他なりません。

コケ丸
コケ丸
礼って、ただのお辞儀とか作法の話じゃないんだな
よしたか
よしたか
そうだね。相手を雑に扱わないための技術、と言ってもいいかもしれない。成功者に何人か会ってきたけど、心に誠のある人はみな「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を地で行く人が多いと感じるよ

名誉 ― バレなければいい、では済まない

この「名誉」の感覚は、現代の仕事にもかなり重なると思います。

現代は、法に触れなければいい、炎上しなければいい、バレなければいい、という考え方が出やすい時代です。でも武士道では、名誉が重視されます。

名誉とは、他人から褒められることだけではなく、自分自身が自分の行動を恥じないでいられることでもあります。

武士道的な倫理は、「誰かに見られているから正しく振る舞う」のではなく、「誰も見ていなくても、自分が見ている」という感覚に近いのかもしれません。

仕事でミスをしたとき、ごまかすのか、正直に伝えるのか。短期的にはごまかしたほうが楽かもしれません。でも武士道的に言えば、問題は「バレるかどうか」ではなく、自分がその行動を恥じないでいられるか、なのです。自分で自分の名誉を汚すようなことは、したくはないものですね

ただし、武士道を美化しすぎない

ここは必ず触れておきたい話があります。

新渡戸の『武士道』はとても魅力的な本ですが、実際の武士がみんな高潔だったわけではないということです。また後の時代には、「勇」や「名誉」や「忠義」といった言葉が、国家のために命を投げ出すことを美化する方向へ利用された一面もあります。その行き着いた先には、神風特攻隊のような悲劇もありました。

なので、武士道をそのまま現代に復活させるという話ではありません。身分制度も、切腹も、盲目的な忠義も、今の社会には合わないからです。

だからこの記事で取り出したいのは、「昔の武士は偉かった」という話ではなく、むしろ、時代が変わっても残る「自分の仕事を、自分で恥じないための感覚」です。

日本人の道徳の一面を世界に向けて言葉にした「武士道」、確かにすばらしいのですが、歴史の知恵は、そのまま移植するものではなく、自分の時代に合わせて読み直すものだと思っています。

決して堅物ではなかった新渡戸稲造

「武士道なんて古臭い……堅苦しい」と思われる方もいるかもしれません。が、この作者、新渡戸稲造は決して堅物ではなく、とてもユーモアのある人物だというエピソードがいくつも残っています。

後年、地方で講演をして回っていた新渡戸稲造は、旅先で、髭を剃りたいと床屋に入ったものの店主が不在で、代わりの弟子がまだ剃れないと告げたため、新渡戸が貸してもらったカミソリで自ら髭を剃り始めたという話があります。

弟子が「お上手ですね~」と褒めると、「俺はスリの親分だからね。手先が器用なんだ」と冗談で返したところ、騒ぎになって宿泊先に警察官が来る騒ぎになったといいます。50歳を過ぎても、こうした意地悪めな冗談が好きだったんですね。

あと、新渡戸稲造は子どもが大好きで、常にポケットにキャラメルを忍ばせて近所の子たちに配っていたため、「キャラメルおじさん」と呼ばれていたそうです。
本人も「キャラメルが心の橋渡しになってくれた」と語っており、コミュニケーションを重視する柔らかい人柄がうかがえるエピソードですね。

ちなみに有名な文句「武士道とは死ぬことと見つけたり」は、新渡戸稲造の「武士道」には入っていません。これは江戸時代の「葉隠(はがくれ)という武士道書の一節で、佐賀藩の武士・山本常朝が語ったものです。

新渡戸稲造の「武士道」は西洋の騎士道やキリスト教倫理と比較しながら近代的価値観に近づけた武士道=生き方としての道徳思想として紹介する本なので、「死ぬことと見つけたり」のような極端な表現は使われていません。新渡戸稲造の人柄にも合いませんしね。

よく混同されるので念のため書いておきました。

最後に:仕事には、その人の美意識が出る

武士道という言葉は、今では少し古く、重く、堅苦しく聞こえるかもしれません。

でも新渡戸が描いた武士道は、単に昔の武士を美化するためのものではなく、「自分の行動を、自分で恥じないための倫理」だったのだと思います。

仕事でも同じだと思います。
何を売るか。どう振る舞うか。どこまで責任を持つか。見えないところで手を抜くか。約束を守るか。相手を軽く扱わないか。そこには、その人の美意識が出ます。

そして長く信頼される人は、たぶん技術だけでなく、自分なりの武士道のようなものを持っているのだと思いますね。

よしたか
よしたか
以上、新渡戸稲造『武士道』を仕事論として読むというお話でした

おしまい。

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榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。