ホルムズ海峡と保険の歴史 ― なぜ戦争は世界経済を揺らすのか
世界のエネルギーが通る「急所」と「保険」
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
仕事を続ける日々の中でふと、こうした穏やかな制作時間が、実は多くの見えない仕組みによって支えられていることに気づかされることがあります。
最近、ニュースでホルムズ海峡というワードをよく耳にします。 中東で緊張が高まると、必ずといっていいほど、この海峡の封鎖リスクが語られますよね。
一見すると遠い国の出来事のように思えますが、実はここでの出来事は、僕たちの生活に直結する大きな意味を持っているのです。
世界経済の蛇口である「ホルムズ海峡」

ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ、まさに「世界経済の蛇口」とも呼べる場所です。 地理的な幅は約33kmありますが、大型タンカーが実際に通れる航路は約3kmほどに限られています。
この細い通り道を、世界で流通する石油の約2割から3割が通過しています。 もしここが何らかの理由で通れなくなれば、世界中のガソリン価格は跳ね上がり、物流は止まり、あらゆる製品の価格に影響が及びます。
しかし、歴史を振り返ってみると、この海峡が物理的に、つまり壁や鎖で完全に塞がれたことはほとんどありません。 それでもなお、「海峡が閉鎖されるかもしれない」というニュースだけで世界経済が揺れるのはなぜでしょうか。 そこには、目に見えない「保険」という巨大な壁が存在しているからなのです。
船を止める「見えない壁」の正体
紛争や戦争が始まると、保険会社はその海域を通る船に対して、「戦争保険料」という追加の費用を求めます。これが大変で、リスクが高まれば高まるほど、保険料は数倍、ときには数十倍へと跳ね上がります。
例えば、一回の航海で数千万円から、リスクが高まれば数億円規模にまで追加の保険料を支払わなければならない状況になったら、船会社はどう判断するでしょうか。 あるいは、保険会社が「これ以上のリスクは引き受けられません」と拒否したとしたら。 保険なしで莫大な貨物を運ぶリスクは、いかに勇敢な商船であっても取れるものではありません。
つまり、銃声が聞こえる前から、保険料という「経済のバロメーター」が船を止め、物流を止めてしまうのです。 戦争は戦場だけで起きているのではなく、保険の契約書の上でも同時進行していると言えるかもしれませんね。
海の商人と「沈没のリスク」
こうしたリスクを管理する仕組みは、今から何百年も前の海の世界に起源があります。 中世ヨーロッパ、特に地中海を舞台に活躍していたイタリアの商人たちは、常に「全財産を失う恐怖」と隣り合わせでした。
当時の航海は、嵐、座礁、海賊の襲撃、あるいは他国による拿捕など、港を出た瞬間から、命と財産は神と海に預けるしかないという冒険でした。 一度船が沈めば、商人は積み荷も、船も、そして将来の希望さえも失ってしまいます。
そこで生まれたのが、リスクを誰かと分け合う仕組みでした。 例えば、航海のために資金を借りる際、船が無事に戻れば高い利息をつけて返すが、もし沈没した場合は返済を免除してもらう、という契約が交わされるようになりました。 これは「冒険貸借」と呼ばれ、海上保険の原型になったと言われています。 人間の知恵は、ただ危険を恐れるのではなく、それを「分散させる」ことで乗り越えようとしたのですね。
コーヒーハウスから始まった世界最大の市場
時代が進み、貿易の中心がロンドンへと移ると、保険の仕組みはさらに洗練されていきます。
17世紀後半のロンドンに、エドワード・ロイズという人物が営むコーヒーハウスがありました。ここには船主や商人が集まり、航海に関する最新の情報を交換していました。
たとえば、「この船は無事に帰るだろうか」「いや、この季節のあの航路は危ない」といった具合に、船のリスクそのものを値踏みするような会話が飛び交っていたのでしょう。
そんな予測にお金を乗せる、保険と賭博の境目がまだ曖昧な取引が盛んに行われていました。
今で言えば、情報が飛び交うトレーディングフロアのような場所ですね。ロンドンの商人や投資家たちは、コーヒーを飲みながら最新の海事情報に耳を澄ませ、船のリスクに値段をつけていたのです。
「どの海域に海賊が出たらしいぞ」「どの船が無事に港に着いたみたいだ」そうした情報の集積地が、やがて保険の引き受け市場へと変わっていきました。
投資家たちが、船の航海リスクを分担するために、契約書の末尾に自分の名前を書き込んでいく。 これが、世界最大の保険組織「ロイズ」の始まりです。 一つの喫茶店から始まった仕組みが、今では世界の海を動かす巨大な装置になっているというのは、歴史の面白いところですよね。
戦争保険という、現代のバランサー
現在でも、海上保険の世界ではロンドンの市場が中心的な役割を担っています。 紛争地を通る際に必要となる「戦争保険料」も、ここでそのレートが決まります。
ホルムズ海峡の緊張が高まるたびに、ロンドンのデスクで保険料が算出され、それが全世界の船主たちに届けられます。 保険料の上昇は、いわば世界がその海域を「どれほど危険だと感じているか」の客観的なスコアのようなものです。
戦争は感情で動くこともありますが、保険は常に冷徹な計算の上に成り立っています。 この仕組みがあるからこそ、逆にいえば「リスクを支払えば通れる」という選択肢が維持されている、という側面もあるのかもしれません。
冒険から日常の安心へ ― 広がり続ける保険の形
海の冒険から始まった保険の仕組みは、やがて僕たちの生活のあらゆる場面へと広がっていきました。
17世紀のロンドン大火災をきっかけに火災保険が生まれ、19世紀にはドイツのビスマルクが世界初の公的な健康保険や労災保険の仕組みを作ったと言われています。 そして20世紀、自動車が普及すれば自動車保険が生まれ、人生の不測の事態に備える生命保険や、ケガや病気で働けなくなったときのための所得補償保険も一般的になりました。
2010年代後半には、僕たちのようなフリーランス向けの保険も生まれました。著作権侵害のトラブルや、制作過程での賠償リスクをカバーしてくれる保険ですね。 プロとして表現の世界で生きるフリーランスにとっては、こうした仕組みは新しい時代の「盾」のような存在かもしれません。
僕も加入しているJILLA(日本イラストレーション協会)では「JILLAみんな保険」がそれにあたります。自動付帯で全員加入なのに賠償保障はもちろん、外部からの攻撃による「情報の漏えい」や「不正アクセス等に伴うデータ復旧費用」にも備えてくれるので安心です。
文明とリスクの向き合い方
歴史を俯瞰してみると、人類の文明は常にリスクと向き合ってきました。 嵐、海賊、疫病、そして戦争。これらをこの世から完全に消し去ることは、残念ながら今もできていません。
しかし、僕たちはそのリスクをただ怖がるのではなく、制度として管理し、薄く広く分かち合うことで、できる限り被害を小さくする仕組みを作ってきました。
船の沈没をきっかけに生まれた保険という仕組みが、いまでは世界経済を支え、僕たちの小さなアトリエでの仕事さえ守る装置になっています。そう考えると、保険の歴史の長さと重みを感じますね。
ニュースでホルムズ海峡を通る船の話を聞くたびに、その背後に流れる長い知恵の歴史を思います。そしてその知恵が、争いを前提にした仕組みとしてではなく、いつか人々の穏やかな営みを守るためだけに使われる日が来てほしいと、静かに願わずにはいられません。
おしまい。
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