花粉症の歴史 ― なぜ日本人はこれほど杉花粉に苦しむのか
花粉症は、戦争の後遺症かもしれない話
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
毎年この季節になると、家の中が少し大変になります。妻や娘たちが花粉症で、目をかゆがり、鼻をすすり、マスクが手放せなくなるからです。
僕自身は花粉症ではないのですが、身近で見ていると、これはもう単なる「季節の不快感」ではなく、かなり大きな生活問題だなと思わされます。
日本では今や、約4割が花粉症だと言われています。もはや国民病と呼んでもいいくらいの規模ですよね。
でも、ふと考えてみるんです。
なぜ日本には、これほど杉花粉に苦しむ人が多いのでしょうか。
この問いをたどっていくと、第二次世界大戦の敗戦に行き着きます。
焼け野原の日本と、木材の問題
1945年8月15日、日本は敗戦を迎えました。
マリアナ沖海戦の敗戦により、日本航空戦力がほぼ全滅。制空権を失い、それが本土空襲へと繋がりました。アメリカの重爆撃機B-29が落とす焼夷弾は、東京、大阪、名古屋をはじめとする主要都市を容赦なく次々と焼き払っていきました。木造家屋が密集していた当時の日本の都市は、火に対してあまりにも無防備だったのです。
焼け野原となった日本の戦後の復興には、膨大な建材が必要になりました。
ところが当時の日本では、戦時中に燃料や建材として大量の木が伐採されていたこともあり、国内の森林資源は深刻に不足していたのです。
そこで戦後の日本政府が打った手が、大規模な植林政策でした。成長が比較的早く、建材としても使いやすい杉やヒノキを、全国の山に植えていく。荒廃した山を緑に戻し、復興の木材需要を国内でまかなう。当時の状況を考えれば、これはかなり合理的な政策だったと思います。
こうして、1950年代から60年代にかけて、日本の山々には大量の杉が植えられていきました。
経済成長が、皮肉な結末を生んだ
ところが、その後の高度経済成長が、この計画を狂わせます。
日本が豊かになるにつれ、木材の輸入が急増しました。カナダやアメリカ、東南アジアから安い外材が大量に入ってくるようになり、国産の杉は価格競争で太刀打ちできなくなっていきます。山の木を切っても採算が合わない。林業は衰退し、せっかく植えた杉は刈り取られないまま山に放置されることになりました。
植えたのに、切られない。
手入れされないまま成熟した杉が増える。
その結果、毎年春になると大量の花粉をまき散らすようになったのです。
日本で最初に花粉症が確認されたのは1960年代のことだと言われています。栃木県の日光杉並木周辺での報告が最初期のものとして知られています。その後、高度成長期に植えた大量の杉が成熟するにつれ、花粉症の患者数は増え続けました。
戦争で都市が焼かれ、復興のために木を植え、経済成長の中で木が切られなくなり、その木が花粉をまき散らす。毎年春になると多くの人が苦しむ背景には、80年前の歴史的な連鎖があるのですね。
ちなみに沖縄にはスギ花粉による花粉症はほぼありません。なので春には「避粉の旅」先として人気があります。理由は明らかで、戦後、農林省が行った大規模な杉植林政策が、米軍占領下にあった沖縄には適用されなかったからですね。
花粉症は、日本だけの問題ではない
もちろん、花粉症そのものは日本だけのものではありません。
イタリアやヨーロッパ北部では白樺などの花粉が問題になりますし、アメリカではブタクサが有名です。春や秋になると、世界のさまざまな地域で多くの人がアレルギー症状に悩まされています。
世界的に見ると、花粉症は先進国で増加傾向にあるとも言われています。都市化によって子どもの頃から自然環境にさらされる機会が減り、免疫系が過剰反応しやすくなるという「衛生仮説」もあります。清潔になればなるほど、アレルギーが増える、という逆説です。
ただ、日本の花粉症に関して言えば、衛生仮説だけでは説明しきれない部分があります。杉という特定の樹種が、特定の歴史的経緯によって国土に大量に植えられた、という人為的な原因が大きく関わっているからです。
これは、他の国ではなかなか見られない、日本固有の事情だと思います。
歴史は、思わぬ形で現代に届く
歴史を調べていると、こういう話によく出会います。ある時代の判断が、数十年後にまったく予期しない形で現代に影響を与えている。
植林政策を決めた人たちは、まさか自分たちの判断が80年後に国民の鼻を攻撃するとは夢にも思わなかったでしょう。でもその連鎖は確かに続いていて、今この瞬間も、妻や娘の鼻の奥で歴史が暴れています。
花粉症は、ただの体質の問題ではなく、そこには、戦後復興、経済成長、林業の衰退といった、日本社会の歴史そのものが折り重なっているんですね。
妻や娘たちがマスクをしている姿を見るたびに、そんなことをぼんやりと考えます。
おしまい。
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【朗報】
2026年3月9日、農林水産省の鈴木大臣が花粉症対策で杉2割削減方針を発表しました。効果が出るといいですね。
それまでは抗ヒスタミン薬+鼻用ステロイド点鼻薬、根本治療の舌下免疫療法などで乗り切りましょう!




