物語人生っていかれる人」歴史

こんにちは。歴史好きイラストレーター榎本したです。

突然ですが、オタク」という言葉聞くと、どうしても現代もののようますよね。アニメ、漫画、ゲーム、アイドル、活、考察、聖地巡礼……。好きものハマり、その世界ことずっと考えしまうたち。そんなイメージあると思います

でも、こういう「物語人生っていかれる感じって、現代特有のものではないと思います。では、いつから生まれたものなんでしょうか。

そんなこと考えながら古典んでいると、平安時代に、かなりそれっぽいます。菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)です。

菅原孝標女という「物語取り人」

菅原孝標女は、平安時代中期に生まれた女性で、13歳のころからの40年を振り返った『更級日記(さらしなにっき)いたこています。学者の一族である菅原道真の末裔にあたる菅原孝標の娘で、本名はわかりません。家柄はとても良いのですが、父の仕事の都合で、子供時代を上総国(今の千葉県)で過ごしていました。

当時の千葉は、都から見ればかなりの田舎です。娯楽なんてほとんどありません。そんな彼女が夢中になったのが、都から流れてくる『源氏物語』などの物語でした。

まだ彼女は、物語んでたくたまらないでも当時、みたい簡単入るものではありません。印刷本屋並ぶ時代ではなく、誰かが手書きで写した「写本」を借りるしかありませんみたいからといって、すぐ全巻そろうよう世界ではなかたんですね。

彼女は物語の断片を人から聞いては、「続きが読みたくてたまらない!」と悶絶します。あのも、このほしい。更級日記』は、そういう渇望かなり生々しくています。

ここからが彼女の凄いところなのですが、彼女は等身大の仏像をわざわざ作らせて、毎日手を合わせるんです。「どうか早く都に行かせてください。そして、物語を全部読ませてください!」と。

これ、現代で言えば「志望校合格」とか「無病息災」を願う代わりに、「推しの限定グッズが手に入りますように!」とか「アニメの第2期が制作されますように!」と神社で神頼みしているような感じでしょうか。

物理的な「壁」を超えてコンテンツを追いかける

やっとの思いで都に戻った彼女に、叔母さんがあるプレゼントをしてくれました。それが、憧れの『源氏物語』全54巻でした。その時の喜びなんて、もう隠していせん。夢中って読みふけり、現実生活より物語世界われる。これたぶん、現代オタクが「落ちる言うときの感覚かなり近いんじゃないかと思います。

日記には、「お姫様のように飾られることなんてどうでもいい。私はただ、この物語の世界に浸っていたい」といった内容が書かれています。現実の社交界よりも、脳内のフィクションの方が、彼女にとっては「真実」だったんですね。

現在でもクリエイターたちは、仕事で「刺さるキャラクター」を作ろうと必死になりますが、千年前の彼女にここまで言わせる紫式部の構成力には、改めて脱帽してしまいます。

もちろん、平安時代に「オタク」という言葉あっわけではありません。現代概念そのまま付けられるものではないと思います。が、物語すぎて、現実時間流れまでってしまうがいた、ということ確かです。

も、ちゃんと虚構人生っていかてい

ここ面白いところなんですよね。

よく、「フィクションハマすぎる」とか、「もっと現実生きていた」みたいことます。でも『更級日記』読むと、そんな単純ではないことわかます。平安時代少女だって、ちゃんと物語っていかていたんです。

コケ丸
コケ丸
こうしてみると物語好きもオタクと同じだな
よしたか
よしたか
まったく同じではない思う。でも、ところかなりてる。現実に“もうひとつ世界つけて、そこたり、われたりする感じは通底しているね

これは、ただ娯楽ではありません。物語って、自分現実人生一度生きくれるです。違う身分、違う恋、違う苦しみ、違うさ。現実自分では体験できないもの触れられる。だからは、物語かれるんだと思います。

菅原孝標女にとっての『源氏物語』は、単なる暇つぶしではありませんでした。自由に外を歩けず、結婚や家柄で人生が決まってしまう平安時代の女性にとって、物語は「もうひとつの人生」を生きるための、唯一の窓だったはずです。

虚構の世界に逃げ込むことは、決して「弱さ」だけではない。心が苦しい時に、そこからエネルギーをもらって、なんとか現実に戻ってくるための「生存戦略」でもあったんじゃないか。僕はそう思うんです。

夢中あと訪れる、少し苦い振り

彼女が書いた『更級日記』は、少女時代のキラキラした熱狂だけで終わりません。物語の後半になると、トーンがガラリと変わります。

重ね彼女は、若い自分振りって、少し複雑向けます。あんなに物語夢中ってけれど、もっと現実見るきだではないか。信仰人生大切ことからそらていではないか。そんな反省にじむです。

ここものごく人間くさいですね。

若いは、好きもの世界すべて思える。でも取ると、その熱狂少しかしくたりする。あの自分は、夢中なりすぎてい思うことある。でも同時に、その熱狂あっからこそ、自分人生ていわかっている。

平安時代の彼女も、まさにこの「オタク特有の賢者タイム」を、人生の終盤に経験していたんです。

ハマって作品思い出て、いやー、自分あのかなりってな」笑いながら、でもどこかでは、その時間大事っている。菅原孝標女は、その感覚千年もういるです。

コケ丸
コケ丸
なんか、“平安時代女性”って遠い存在じゃなくなるな
よしたか
よしたか
そうなんよ。歴史上の人物って、立派とか偉いとしてがちだけど、こういう文章読むに“わかる……”ってなる

日本文化は、から「ネタえて楽しむ」文化

そして、物語夢中なるがいは、平安時代だけではありません。

日本文化ていと、ひとつ物語読み返し、作りえ、みんな楽しむ流れずっとています。

たとえば中世です。
は、古い和歌物語えて新しい作品作る文化ありました。物語っているほど、細か引用変化楽しめる。

いまば、「原作っているニヤリできるスピンオフや「ネタ二次創作みたい面白が、すでにあっわけです。

歌舞伎そうです。
歌舞伎新しい物語生み出すだけなく、既存人気題材人物変奏ながらてい文化した。

ひとつ物語キャラクターが、芝居として作り替えれ、演出え、役者え、また楽しみていく。原作好きだからバージョン見るという感覚は、かなりからあったんですね。

コケ丸
コケ丸
つまり日本って、から“ネタってもっと楽しい”文化たんだな
よしたか
よしたか
そういうことね。物語一回んでわりじゃなくて、読み返したり、わったり、他のどう料理するまでんでたん思う

日本人から、物語ただ受け取るだけではなく、読み替え、げ、んできた現代二次創作文化考察文化、スピンオフ好き感覚は、決して突然生まれものではないのだと思います

江戸時代の『八犬伝』ブームは、かなり“ファンダム”っぽい

この流れが、はっきり見えるなる江戸時代です。

たとえば江戸時代後期は、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝大きな人気集めした。
この作品1814から1842にかけて刊行た、98106及ぶ長編です。
いま感覚ば、長期連載大河シリーズみたいものですね。

しかも面白いは、八犬伝ただまれだけではわらなかことです。歌舞伎取り入れれ、錦絵なり、ダイジェストパロディまでくる。つまり、ひとつ人気媒体どんどんってです。

これ、現代いえ原作小説アニメれ、舞台れ、スピンオフて、関連グッズ考察増えてい感じ近い。

もちろん、現代コミケオンリーイベントまったく同じというわけではありませんが、ひとつ作品にし熱気広がり、増殖ていという空気は、もう十分に“ファンダム”っぽいですよね。

コケ丸
コケ丸
江戸時代そんなジャンル盛り上がりあっ
よしたか
よしたか
そう。平安貴族物語が、江戸ではもっと大衆熱狂って感じね。読むだけじゃなく、周辺作品まで楽しむ文化っていくんだ

平安時代に『源氏物語』われる少女がいて、中世ネタえて作品味わう文化あり、江戸時代は『八犬伝』よう長編熱狂し、それ歌舞伎錦絵っていく。そして現代は、漫画アニメゲームる僕たちいます。

媒体や表現方法は変わっても、人々が「物語に取り憑かれる力」そのものは、ずっと変わっていません。

現実がつらいとき、生きる場所が限られているとき、物語は僕たちを別の世界へと連れ出してくれます。菅原孝標女は後に後悔を記していましたが、そこでの体験は決して「空虚な夢」なんかじゃないと思います。そこで流した涙や、感じた震えは、間違いなく現実の僕たちの一部になっているはずだからです。

オタクは、現代突然変異ではない

たぶん、オタク文化本質って、知識とか収集だけではないです。むしろ、好きものわれしまうことそのものあるんじゃないかと思います。

全部みたい。もっとたい。この世界ずっとっていたい。現実つらいとき、そこ逃げみたい。その作品知る後で、自分少しってしまう。

そういう感覚は、媒体っても、時代っても、ずっとあるんじゃないしょうか。

もちろん、現代オタク文化現代ならでは特徴あります。SNSある。二次創作ある。イベントある。ある。好きもの一人抱えるだけなく、仲間共有し、発信し、拡散てい文化ある。

でも、根っこところ驚くほど古い

千年少女が『源氏物語』読みたくたまず、ようやく入れ夢中読みけた。江戸読者たちが『八犬伝』かけ、そこから広がる芝居までしんだ。その動きは、たち十分わかってしまう。そこに、ちょっと感動するものがありますね

書店配信サービスば、毎週よう新しい物語生まれ、それにっていかれるたちいる。僕たちは、たぶんその長い歴史延長線上いるですよね。

千年少女日記んで、「わかる……」ってしまう。物語が人を引き込む力は今も全く変わっていない。それって、かなり面白いことですよね。

皆さんも「人生を少しだけ持っていかれてもいい」と思えるほど愛している物語はありますか?もしそんな作品に出会えているとしたら、それは千年前の菅原孝標女と同じ、とても豊かな才能を持っているということかもしれません。

よしたか
よしたか
以上、菅原孝標女みる「物語人生っていかれる人」歴史にまつわるお話した

おしまい。

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榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。