私はなぜ「考える私」を信じたのか ― デカルト『方法序説』を読む
全部疑ったら、最後に何が残るのか
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
皆さんは、こんな不安に襲われたことはありませんか。
ネットで見た情報が、後から嘘だとわかった。専門家の意見が、翌年には覆った。常識だと思っていたことが、実は思い込みだった。AIが作った偽画像が、もう本物と見分けがつかなくなってきた…。
「今の世の中、いったい何を信じればいいのかわからない!」
実はこの「何も信じられない」という状況を、あえて自分から極限まで突き詰めた人物がいます。約400年前のフランスの哲学者、ルネ・デカルトです。
彼は思考実験として、疑えるものを全部疑ってみました。目に見えるもの。学校で習ったこと。数学の計算。しまいには「今、自分は起きているのか、夢を見ているだけなのか」まで疑いました。
そして、すべてが疑わしいという焼け野原の底で、彼はたったひとつ、絶対に疑えないものを発見します。
それが、あの有名な言葉です。「我思う、ゆえに我あり」。
聞いたことはあるけど、意味はよく知らない。そういう方が少なくないのではないでしょうか。今日はこの言葉の正体と、それが現代の僕たちの仕事にどう関わってくるのかという話をします。
ベッドで考える天才、戦場へ行く
デカルトは1596年、フランスの法律家の家に生まれました。
子どもの頃から病弱で、入学した名門学校では特別に「朝寝坊の許可」をもらっていました。他の生徒が朝の授業に出ている間、彼はベッドの中でひとり、考えごとをして過ごした。この「ベッドの中の思索」の習慣は生涯続き、デカルトの重要なアイデアの多くは、朝の寝床で生まれたと言われています。
ちなみに、皆さんが学校で習ったx軸y軸の「座標」。あれを発明したのはデカルトです。伝えられるところでは、ベッドに寝転んで天井を眺めていたとき、飛び回るハエの位置を「壁からの距離」で表せることに気づいたのがきっかけだったとか。数学のグラフは、朝寝坊から生まれたというのは意外ですね。
デカルトは名門校で当時最高の教育を受けたのに、卒業したとき、こう感じていました。「これだけ学んだのに、確実だと言えることが何ひとつない」。教科書は互いに矛盾し、偉い学者たちの意見はバラバラ。学問の権威への深い失望です。
そこで彼は決意します。「これからは書物ではなく、世界という大きな書物から学ぼう」。そして本を閉じ、志願兵として軍隊に入り、ヨーロッパ各地を旅して回るのです。書斎の秀才が、あえて泥だらけの現場に出た。デカルトの哲学は、この旅の中で育ちました。
疑って、疑って、疑い尽くす
旅の中でデカルトが取り組んだのが、壮大な実験でした。
「少しでも疑えるものは、ぜんぶ嘘だと仮定してみる。それでも最後に残るものがあれば、それこそが本物だ」
彼は片っ端から疑っていきます。
まず、感覚。目に見えるもの、聞こえるもの。これは疑えます。遠くの塔は丸く見えたのに近づくと四角かった、ということがある。感覚は僕たちを騙すことがある。
次に、この現実そのもの。今、自分は起きているのか。実は夢の中ではないのか。夢の中でも人は「これは現実だ」と思い込んでいます。今この瞬間が夢でないと、証明できるでしょうか。できません。
さらにデカルトは、とどめの想定を持ち出します。「もし、全能の悪い霊がいて、私に見せるものすべて、考えさせる計算すべてを、根こそぎ騙しているとしたら?」。この想定の前では、2+3=5という数学すら、絶対とは言えなくなります。
映画『マトリックス』をご存じの方は、わかりやすいかもしれません。まさにあの世界観です。見ている現実がすべて作りものかもしれない、という疑い。あの映画の発想の元祖が、400年前のデカルトとも言えるのです。
焼け野原に残った、たったひとつのもの
すべてが偽物かもしれない。世界も、体も、数学も。
でも、と、デカルトは気づきます。
「すべては嘘かもしれない、と今まさに疑っている『この私』は、確実に存在している」
だって、そうでしょう。疑うためには、疑う主体がいなければなりません。悪い霊が僕を騙しているのだとしても、「騙されている僕」は存在していないと、騙しようがない。疑えば疑うほど、「疑っている私がいる」ことだけは、逆に確実になっていく。
これが「我思う、ゆえに我あり」の正体です。
かっこいい決め台詞ではありません。世界のすべてを疑い尽くした果てに、唯一崩れなかった土台。デカルトはこの一点を足場にして、そこから学問全体を建て直そうとしました。彼が「近代哲学の父」と呼ばれるのは、「まず疑い、確実な土台から考え直す」という思考のスタイルを、近代哲学の出発点として強く打ち出したからなのです。
デカルトの本当の遺産は「疑い方の作法」
さて、ここからが仕事の話です。
「我思う、ゆえに我あり」そのものは、明日の仕事には直接使えそうにないですね。でもデカルトが『方法序説』に残した「考え方の手順」は、驚くほど実用的です。彼は、正しく考えるための規則を4つにまとめました。ざっくり言うとこうです。
1. 即断しない。 明らかに正しいと確認できるまでは、受け入れない。
2. 分割する。 難しい問題は、解けるサイズまで小さく分ける。
3. 順序立てる。 単純なものから複雑なものへ、一段ずつ考える。
4. 見直す。 見落としがないか、全体を数え上げて確認する。
どうでしょう。これ、そのまま現代の仕事術ではないでしょうか。
大きすぎる案件はタスクに分解する。簡単な部分から着手して弾みをつける。納品前に全体をチェックする。僕たちが「段取り」と呼んでいるものの原型を、デカルトは400年前に定式化していたのです。
僕自身、イラストの大きな案件で途方に暮れたときは、無意識にこれをやっています。「歴史イベントの全景イラスト」という漠然とした依頼を、構図→人物配置→資料確認→ラフ→線画→彩色と分割し、単純な工程から積み上げていく。分割した瞬間、「できるかどうか不安な仕事」は「順番にやるだけの作業」に変わります。
不安の正体は、たいてい「問題が大きいこと」ではなく「問題が分割されていないこと」なのです。
「とりあえず信じて動く」も、デカルトの知恵
もうひとつ、あまり知られていないけれど僕が好きな話があります。
デカルトは、すべてを疑う思考実験の最中、日常生活はどうしていたと思いますか。「何も確実じゃないから、何も決められない」と寝込んでいたでしょうか。
逆です。彼は「暫定の道徳」というルールを自分に課しました。真理が見つかるまでの間は、その土地の法律と習慣に従い、一度決めた方針は迷わずやり抜く、というものです。
森で道に迷ったとき、あっちかこっちかと立ち止まり続けるのが最悪で、たとえ方向が完璧でなくても、一方向にまっすぐ歩き続ければ、いつかは森を抜けられる。デカルトはそんな比喩で説明しています。
疑うことと、動けなくなることは、別なのです。頭の中ではとことん疑い、検証する。でも行動の場面では、暫定の答えを決めて、迷わず進む。この使い分けこそ、疑いの達人が編み出した実践の知恵でした。
情報を疑いすぎて何も決められなくなる「分析麻痺」は、現代の僕たちがよく陥る罠です。調べても調べても確信が持てず、結局動けない。そんなときは思い出してください。全人類でいちばん疑り深かった男ですら、「動くときは暫定の答えでいい」と言っているのです。
最後に ― 情報の洪水の中で、足場はどこにあるか
デカルトは晩年、スウェーデン女王に招かれてストックホルムへ渡ります。ところが女王が指定した講義の時間は、なんと朝の5時。生涯朝寝坊で生きてきたデカルトは、真冬の北欧の早朝講義で体調を崩し、肺炎でこの世を去りました。53歳でした。朝寝坊から座標を生んだ男が、早起きに命を奪われたというのは、あまりに皮肉な最期です。
さて、冒頭の問いに戻ります。フェイク画像があふれ、専門家の意見も割れ、何を信じていいかわからない時代。僕たちはどうすればいいのか。
デカルトの答えは、「外の情報をそのまま足場にするな」でした。
情報そのものは、これからも疑わしくあり続けます。確実な足場は、外側の情報にはない。あるとすれば、それは「鵜呑みにせず、分割し、順序立てて、自分の頭で確かめようとする、この私の思考」の側です。
何を信じるかより、どう考えるか。
400年前、すべてを疑った男が焼け野原の底で見つけた土台は、情報の洪水に立つ僕たちの足元にも、ちゃんと残されているのだと思います。
おしまい。








