「住宅は住むための機械である」

こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。

建築の歴史上、これほど物議を醸した一言はなかなかありません。

住宅は住むための機械である

1920年代、この言葉を掲げたのが、スイス生まれの建築家ル・コルビュジエです。近代建築の三大巨匠の一人に数えられ、上野の国立西洋美術館の設計者として、日本とも縁の深い人物です。

家が、機械。なんと冷たい言葉でしょうか。家とは家族の思い出が染み込む場所であり、木のぬくもりであり、帰る場所のはず。それを機械呼ばわりとは。

実は以前、この連載でウィリアム・モリスという人物を紹介しました。産業革命の大量生産品を「醜い」と嫌い、手仕事の美しさを取り戻そうとしたデザイナーです。コルビュジエの言葉は、モリスの思想と真っ向から対立するように見えます。

なぜ便利な暮らしは、美しくなくなるのか ― ウィリアム・モリスと仕事の美学「役に立つか、美しいと信じられるもの以外家に置くな」。産業革命に抗い、暮らしと仕事に美を取り戻そうとしたウィリアム・モリスの思想を、歴史好きイラストレーター榎本よしたかが解説します。...

ところが、です。調べていくと不思議なことがわかります。この二人、目指していた場所は驚くほど同じなのです。そして「機械」と言い放った男の人生の終着点を知ると、この言葉の印象はガラリと変わります。

今日はその話をします。

コケ丸
コケ丸
家が機械って、さすがに夢がなさすぎないか?
よしたか
よしたか
僕も最初はそう思ってたんだ。でもこの言葉が生まれた時代背景を知ると、これがむしろ「優しさの宣言」だったことがわかってくるんだよ

ル・コルビュジエについて

ル・コルビュジエは1887年、スイスの時計の街ラ・ショー・ド・フォンに生まれました。本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ。「ル・コルビュジエ」は30代で名乗り始めたペンネームで、先祖の名前をもじったものです。建築家でありながら画家でもあり、午前は絵を描き、午後に設計をするという二刀流を生涯続けました。

意外なことに、彼は建築家として大学で体系的に学んだ人ではありません。地元の美術学校で時計の彫刻を学び、あとは旅と独学です。20代でバルカン半島、ギリシャ、トルコなどを巡った「東方への旅」は、彼にとって大きな学校になりました。パルテノン神殿に感動し、修道院の簡素な暮らしに心を打たれた体験が、のちの思想の土台になります。

そんな彼が世に出た1920年代のヨーロッパは、深刻な問題を抱えていました。

「機械」という言葉は、誰のためだったのか

第一次世界大戦後のヨーロッパでは、都市に人口が集中し、住宅が圧倒的に足りませんでした。労働者たちは、日も差さない不衛生な住まいに押し込まれていた。かつてモリスが見た産業革命期の惨状は、20世紀に入っても形を変えて続いていたのです。

ここでコルビュジエは考えました。手仕事の立派な家を一軒ずつ建てていたら、何百年かかっても行き渡らない。ならば。

自動車のように、家を量産すればいい

当時、フォードのT型自動車が流れ作業で大量生産され、庶民にも手が届く価格になっていました。あの合理性を住宅に持ち込めば、清潔で、日当たりがよく、機能的な住まいを、より多くの人に届けられるはずだ。「住むための機械」とは、贅沢品だった良い住まいを、工業の力で民主化する、という宣言だったのです。

冷たいどころか、これは「まともな家に住めない人々」に向けられた言葉でした。

モリスは「美しい暮らしをより多くの人に」と願い、手仕事にこだわった結果、その製品は金持ちにしか買えませんでした。コルビュジエは同じ「より多くの人に」を、モリスが憎んだ機械の力で実現しようとした。二人は逆方向を向いた、同志だったとも言えるのです。

コケ丸
コケ丸
モリスができなかった「すべての人に」を、機械でやろうとしたのか。真逆なのに、願いは同じなんだな
よしたか
よしたか
そうなんだよ。そしてコルビュジエには、それを実現する武器があった。彼の発明は、今の僕たちの家にも入り込んでいるんだ

皆さんの家にも「コルビュジエ」は入っている

コルビュジエは1926年、「近代建築の五原則」を発表します。ピロティ(柱で建物を持ち上げる)、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面。専門用語が並びますが、要は鉄筋コンクリートの技術を使えば、壁で建物を支える必要がなくなり、間取りも窓も自由に設計できる、という発見です。

壁の位置に縛られない広いリビング。横に長く連なる明るい窓。マンションの1階の駐車スペース。屋上のルーフバルコニー。現代の集合住宅の「当たり前」の多くは、彼の五原則の子孫です。

戦後には、マルセイユに「ユニテ・ダビタシオン(上図)」という巨大集合住宅を建てました。337戸の住居に加え、建物の中に商店街、ホテル、保育園、屋上には幼稚園とプールまで組み込んだ、垂直の街です。団地やタワーマンションの原型と言われます。

そして日本。上野の国立西洋美術館は、コルビュジエが日本に残した唯一の作品で、2016年に世界遺産に登録されました。設計を依頼された彼のもとで学んだ日本人弟子たち、前川國男や坂倉準三らが実施設計を支え、戦後日本の建築界を育てていきます。丹下健三ら日本のモダニズム建築の系譜をたどると、コルビュジエに行き着くのです。

しかし、理想はまたも裏切られる

ここまでなら、機械の勝利の物語です。しかし歴史は、そう単純ではありませんでした。

コルビュジエの思想は世界中に広まる過程で、単純化されコピーされていきます。彼の理念の「合理化」の部分だけが抜き取られ、コストカットの口実になった。世界中の都市に、似たような無機質なコンクリートの箱が並び、効率だけを追った画一的な団地群が生まれました

すべての人に良い住まいを」という理想は、いつしか「どこへ行っても同じ顔の街」という新しい退屈を生んだのです。人間のための機械だったはずが、人間が機械に合わせて住まわされているような息苦しさ。20世紀後半、コルビュジエ流の都市計画は激しい批判にさらされます。

気づいたでしょうか。これ、モリスと同じ構図なのです。

モリスの理想(手仕事の美)は、実現の過程で「金持ちの贅沢品」に歪みました。コルビュジエの理想(機械による民主化)は、実現の過程で「画一的な箱」に歪みました。理想は、拡大コピーされるとき、いちばん大事な魂を落としやすいんですね。手仕事か機械かという対立の奥に、こちらのほうが普遍的な法則として横たわっています。

そしてこれは、僕たちの仕事にも心当たりのある話です。創業者の理念が、マニュアル化されて全国展開される頃には形骸化している。いくつかの企業が思い浮かびますね。優れた手法が「型」だけ真似されて、なぜそうするのかが抜け落ちる。良いものを広めようとするとき、規模と魂はいつも綱引きになる。150年前も今も、この問題に完全な答えはまだ出ていません

機械を説いた男の、8畳の終着点

さて、この記事の最後に、僕がいちばん好きな話をします。

世界中に巨大建築を建て、「住むための機械」を説いたコルビュジエが、人生の最後に自分のために建てた家をご存じでしょうか。

南フランス、地中海を見下ろすカップ・マルタンの岬に建つ、わずか約3.6メートル四方、13平方メートルほど。日本の不動産表記でいえば、およそ8畳ほどの小さな丸太小屋です。

ちなみに、これは僕の仕事部屋とほぼ同じ広さです。
世界的建築家が人生の最後に愛した空間が、僕が毎日絵を描いている部屋と同じくらいだと思うと、急にこの小屋が身近に感じられます。

休暇小屋(キャバノン)」と呼ばれたこの小屋には、小さなベッドと机と洗面台があるだけ。キッチンすらなく、食事は隣の食堂でとりました。彼はこの極小の小屋を心から愛し、「ここで死ぬまで過ごすつもりだ」と語り、実際に晩年の夏をここで過ごし続けます。

そして1965年、78歳のコルビュジエは、この小屋の目の前の地中海で泳いでいる最中に心臓発作を起こし、亡くなりました。愛した小屋の、目と鼻の先の海で。

面白いのは、この8畳が、決して「機械の否定」ではないことです。小屋の内部は、彼が人体の寸法から導き出した独自の設計基準「モデュロール」で、ミリ単位まで計算し尽くされています。無駄が一切なく、それでいて窮屈さがない。つまりこの小屋は、彼の合理主義の放棄ではなく、合理を突き詰めた果てに残った、人間ひとり分の答えだったのです。

住まいの本質は、広さでも豪華さでもなく、自分に本当に必要なものを知っていること。機械を説いた男の終着点は、そういう意味で、手仕事を説いたモリスの「役に立つか、美しいと信じられるものだけを置け」と、ほとんど同じ場所でした。

コケ丸
コケ丸
世界的巨匠の最後の家が8畳…。しかも本人はそれで大満足なのか
よしたか
よしたか
自分にとって何が必要かを知り尽くした人の、究極の贅沢だと思うんだよね。豪邸より、計算し尽くされた8畳。かっこいいと思わない?

最後に ― 自分の「必要」を知っている人は強い

モリスとコルビュジエ。手仕事と機械、装飾と合理、正反対の道を歩いた二人は、どちらも「良い暮らしを、より多くの人へ」という願いを持っていました。そしてどちらの理想も、広がっていく過程で少しずつ歪められていきました。

けれど僕には、この二人が最後にかなり近い場所を見ていたように思えるのです。
それは、「自分にとって本当に必要なものを見極めよ」ということです。

便利さの時代に生きる僕たちへの示唆は、こうまとめられると思います。

道具や住まいや働き方に、唯一の正解はない。手仕事がいいか、効率化がいいかという論争にも、たぶん決着はつかない。ただ、どの時代のどんな巨匠も、最後に問うたのは同じことでした。

それは、あなたにとって本当に必要か

自分の「必要」の輪郭を知っている人は、モノにも情報にも流されません。8畳で満ち足りたコルビュジエのように、自分サイズの豊かさを設計できる。それこそが、150年分のデザインの歴史が僕たちに残した、いちばん実用的な遺産なのだと思います。

よしたか
よしたか
以上、ル・コルビュジエと理想の暮らしのゆくえのお話でした

おしまい。



ABOUT ME
アバター画像
榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。