サグラダ・ファミリアは本当に完成したのか

こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。

2026年6月10日、バルセロナのサグラダ・ファミリアで、大きな節目となる儀式が行われました。

聖堂の中心にそびえる最大の塔、「イエス・キリストの塔」が完成し、教皇レオ14世によって祝別されたのです。高さ172.5メートル。完成を祝うミサと祝別の儀式が、厳かに執り行われました。

そしてこの日には、もうひとつの意味がありました。この聖堂の設計者、アントニ・ガウディの命日からちょうど100年目の日だったのです。1926年6月10日に世を去ったガウディの没後100年と、彼が思い描いた塔の祝別が、ぴたりと同じ日に重なりました。

ニュースでは「ついに完成」という言葉が使われています。でも、サグラダ・ファミリア全体としては、これで建設が終わるわけではありません。最後の正面入口となる「栄光のファサード」などの工事はまだ続いており、全体の完成は2030年代半ばとも言われています。

つまり、サグラダ・ファミリアは外観という意味ではほぼ「完成した」とも言えるし、全体としては「まだ完成していない」とも言える段階に入ったのですね。

着工から144年。設計者本人は完成を見ることなく世を去り、その100年後にようやく中心の塔が完成した。これは単なる建築の話ではなく、「ひとりの人間の人生を超えた仕事」というものについて、考えさせられる出来事だと思います。

コケ丸
コケ丸
144年もかかってるのか。それって、もう最初に設計した人、関係ないんじゃないか?
よしたか
よしたか
そう思うよね。でもサグラダ・ファミリアの面白いところは、ガウディ本人がいないのに、今もガウディの仕事として作られ続けているところなんだ

建設が始まったのは1882年だった

サグラダ・ファミリアの建設が始まったのは1882年。日本でいえば明治15年。翌年には鹿鳴館が開館し、日本が西洋化を急いでいた時代です。

バルセロナの拡張地区に、カトリックの大きな聖堂を建てる計画が立ち上がりました。当時はスペインの産業革命期で、バルセロナは急速に発展する工業都市でした。多くの労働者が流入し、都市の精神的な中心となる聖堂が必要とされていたのです。

着工当初、この建物の設計者はガウディではありませんでした。

実は最初からガウディの設計ではなかった

最初の設計者は、フランシスコ・デ・パウラ・デル・ビリャールという建築家でした。ネオゴシック様式の、当時としては比較的オーソドックスな教会建築の計画が進められていました。

しかし着工から1年ほどで、ビリャールは予算や設計方針をめぐる対立から計画を辞退します。そこで後任として推薦されたのが、当時31歳の若手建築家、アントニ・ガウディでした。

ガウディは前任者の地下聖堂の基礎部分を引き継ぎながら、設計を大きく自分の構想へと変えていきます。ゴシックの垂直性や宗教性を受け継ぎながらも、アール・ヌーヴォーやカタルーニャ・モダニズムの感覚、そして自然の曲線を大胆に取り込んだ、まったく新しい建築へと変わっていったのでした。

コケ丸
コケ丸
途中から担当が変わって、それが代表作になったのか
よしたか
よしたか
そうなんだよ。引き継いだ仕事のはずなのに、誰よりもその仕事に人生を捧げることになった。なんだか不思議な縁を感じるよね

ガウディはなぜ、完成を見られない教会に人生を捧げたのか

ガウディは1883年から、43年間にわたってサグラダ・ファミリアの設計に関わり続けました。

晩年、ガウディは他の仕事をほとんど引き受けず、サグラダ・ファミリアの仕事に専念するようになります。最後の十数年は、聖堂のすぐ隣にある工房に住み込んで生活していたとも言われています。

ガウディ自身、この聖堂が自分の生きているうちに完成しないことを、はっきりと自覚していました。ある時、彼はこう語ったと伝えられています。「私の主はあわてない」。

完成を急ぐのではなく、後世の建築家たちが自分の構想を引き継いで完成させられるよう、模型や図面、構造計算の手法を残すことに力を注ぎました。

1926年6月7日の夕方、ガウディはミサに向かう途中で路面電車にはねられました。その3日後の6月10日、73歳でこの世を去ります。当時、聖堂はまだ一部の塔が完成した程度の状態でした。

この最期が、ガウディという人をよく表しています。事故に遭ったとき、彼はあまりにみすぼらしい身なりをしていて、身分証も持っていなかったため、周囲から身寄りのない貧しい老人だと思われ、手当てが遅れたと言われています。

自分の身なりには一切頓着せず、全財産とエネルギーを聖堂に注ぎ込んでいた人だったのです。後に身元が判明したとき、バルセロナの市民は涙し、彼は多くの人々に見送られて、自らが設計した聖堂の地下聖堂に埋葬されました。

コケ丸
コケ丸
えっ、あんな偉大な建築家なのに、浮浪者と間違えられたのか!?
よしたか
よしたか
それだけ自分のことに無頓着で、すべてを聖堂に捧げていたんだよね。なんだか胸が締めつけられる話だよ

ガウディがこの聖堂に人生を捧げたのは、「自分の作品を完成させたい」という欲求とは少し違うものだったのかもしれません。彼にとってこの建築は、自分という個人の名声のためのものではなく、もっと長い時間軸の中にある仕事だったのだと思います。

イエス・キリストの塔とは何か

サグラダ・ファミリアには、完成時に18の塔が建つ計画になっています。12の塔は12人の使徒を、4つの塔は4人の福音書記者を、1つは聖母マリアを、そして最も高い1つの塔がイエス・キリストを表します。

このイエス・キリストの塔が、聖堂の中心であり、最も高く、最も重要な塔です。

塔の頂点には、ガウディ特有の「四本腕の十字架」が掲げられています。施釉された陶器とガラスで覆われたこの十字架は、太陽の光を受けて昼は輝き、夜は自ら光を放つように設計されています。バルセロナの街のどこからでも十字に見える、信仰の道標として配置されているのです。

一般公開も予定されており、エレベーターと階段で十字架の心臓部まで登れるようになるそうです。

172.5メートルに込められた意味

イエス・キリストの塔の高さは172.5メートルです。

この数字には、ガウディらしいこだわりがあります。彼は、この塔がバルセロナにあるモンジュイックの丘よりも低くなるように設計したと言われています。「人間が作るものは、神が作ったものを超えてはならない」という考え方があったとされ、自然への敬意を建築に反映させていました。

ガウディは、自然の形を単なる装飾としてではなく、建築の構造そのものに取り入れました。柱は木のように枝分かれし、塔は植物のように伸び、光は森の中に差し込むように設計されています。

これは見た目の装飾ではなく、構造そのものの合理性に基づいています。ガウディは逆さ吊りの模型を使って、自然にできる曲線が最も効率的に重力を分散させることを発見し、それを設計に取り入れました。自然を模倣することは、彼にとって美しさの追求であると同時に、最も合理的な構造を見つけることでもあったのです。

コケ丸
コケ丸
山より低く作るって、なんか謙虚だな
よしたか
よしたか
ガウディの建築って、見た目が独特で派手に見えるけど、根っこにあるのは自然への敬意と合理性なんだよね。そのバランスが面白いと思う

それでも工事はまだ終わらない

イエス・キリストの塔が完成しても、サグラダ・ファミリア全体はまだ完成していません。

残っているのは、聖堂の最後の正面入口となる「栄光のファサード」です。これはキリストの栄光と人類の最終的な運命を表現する、最も大規模なファサード(建物を正面からみた顔にあたる外観部分の意)になる予定で、完成にはさらに年月がかかるとされ、2030年代半ばとも言われています。

着工から140年以上が経ち、これまでに関わった建築家、職人、彫刻家は数えきれません。ガウディの設計を継承した建築家たち、スペイン内戦で焼失した図面や模型を復元した人々、現代の技術者やコンピューター解析の専門家。

かつて「サグラダ・ファミリアの完成には300年かかる」と言われていた時期もありました。それが大きく早まった背景には、3Dプリンターやコンピューター数値制御といった現代技術の導入、そして観光収入の増加があります。ガウディが残した「自然に基づく構造の合理性」が、現代のテクノロジーと結びついたことで、工期は劇的に縮まったのです。古い思想と最新技術の融合。これもまた、世代を超えて受け継がれる仕事の一つの形かもしれません。

そして、この聖堂の完成を語るうえで欠かせない日本人がいます。主任彫刻家として長年現場を支えてきた、外尾悦郎さんです。1978年からバルセロナに渡り、半世紀近くにわたってサグラダ・ファミリアの彫刻を手がけてきました。

外尾さんは、こんな言葉を残しています。「ガウディが何を作ろうとしたかではなく、ガウディがどこを見ていたかを見て作らねばならない」。

これは、ガウディが残したものの本質を突いた言葉だと思います。完成図を再現するのではなく、ガウディが見ていた方向、その思想を受け継いで作ったのですね。

コケ丸
コケ丸
日本人がサグラダ・ファミリアの彫刻を支えてたのか
よしたか
よしたか
しかも半世紀近くだよ。ガウディ本人に会ったことはないのに、その思想を受け継いで形にしてきた。これってすごいことだと思うんだ

こうして世代を超えて、無数の人の手によって、この建物は少しずつ形を変えながら今に至っています。

サグラダ・ファミリアは単なる観光名所ではなく、今なお進化を続ける「生きた建築」なのですね。

ちなみに、ひとつこんな話があります。サグラダ・ファミリアは、130年以上ものあいだ、正式な建築許可が下りていない「無許可建築」の状態が続いていました。ガウディが最初に出した許可申請が、当時の自治体の合併騒ぎのなかで行方不明になっていたためです。正式な許可がバルセロナ市から下りたのは、なんと2019年のことでした。

コケ丸
コケ丸
130年以上も無許可だったのか!?世界遺産なのにお茶目すぎるだろ

未完成のまま受け継がれる仕事

ガウディが残したのは、完全な完成図ではありませんでした。模型、構造計算の原理、設計の思想。「どう完成させるか」という方法そのものを、後の世代に託したのです。

これは現代の仕事にも、何か通じるものがあると思います。

自分が始めた仕事が、自分が生きている間に完成するとは限りません。ブログも、事業も、ものづくりも、子育ても、多くのことは「自分の代で終わらない」前提で取り組む必要がある場面があります。

そのとき大事なのは、完成形を独り占めしようとすることではなく、「次の人が引き継げる形」を残すことなのかもしれません。ガウディが模型や図面を残したように、自分のやり方や考え方を、誰かが引き継げる形にしておく。

仕事の価値は、自分が完成させたかどうかだけでは測れません。

誰かが続けられる土台を残せたか。自分がいなくなったあとも、その仕事が前へ進める形になっているか。

サグラダ・ファミリアの歴史を見ていると、そんなことを考えさせられます。

最後に ― 完成とは、どこで決まるのか

1926年6月10日、ガウディは完成を見ることなく世を去りました。

その100年後の同じ日、彼が思い描いた中心の塔に十字架が掲げられ、教皇によって祝別されました。

もちろん、サグラダ・ファミリア全体の工事はまだ続いています。それでも、172.5メートルの塔がバルセロナの空に立ったことは、ひとつの大きな到達点です。

ガウディはその景色を見ることができませんでした。けれど、彼が残した設計と思想は、100年の時を超えて、たしかにその場所へ辿り着きました。

完成とは、誰かひとりが成し遂げるものではなく、託された仕事が積み重なっていく、その先にあるものなのかもしれませんね。

よしたか
よしたか
以上、サグラダ・ファミリアとガウディにまつわるお話でした

おしまい。

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榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。