「円安だから高い」と「円高なのに不況」は、同じ日本の話

こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。

最近は、スーパーの食料品やガソリン代の高さにため息が出ることがあります。「円安だからですね」と言われると、なんとなくわかった気にはなりますが……。

でも一方で、昔の日本では「円高不況」が大問題でした。円が強いのに、なぜ景気が悪くなるのでしょうか。「円安=悪い」という単純な話ではないとしたら、いったいどういうことなんでしょうか。円安と円高、いったいどっちが本当にしんどいのでしょうか。

コケ丸
コケ丸
円安と円高、正直どっちが「いいこと」なんだ?
よしたか
よしたか
実はね、どっちが「いい」かの話じゃなくて、痛みの出る場所が違うだけなんだよ。そこがこの話の面白いところなんだ

まず「円安」と「円高」、何が違うのか

簡単に整理しておきます。

円安とは、ひとことで言えば「外国のものを買うのに、前よりたくさん円が必要になる状態」です。たとえば1ドル=100円だったものが1ドル=150円になれば、同じ1ドルの商品でも日本人には高く感じます。つまり「外国のものが高くなる」状態です。

逆に円高は、その反対です。少ない円で外国のものが買えるようになります。

コケ丸
コケ丸
でも円高なのに不況って、どういうこと?安く買えるならいいじゃないか
よしたか
よしたか
そこが落とし穴でね。「安く買える」のは輸入品を買う人の話。「高く売れなくなる」のは輸出する企業の話。同じ円高でも、見える景色がまったく違うんだよ

360円から始まった話 ― 固定相場の時代

戦後の日本は、「1ドル=360円」という固定相場でスタートしました。GHQ統治下の1949年に設定されたこのレートは、当時の日本経済の実力に見合ったものでした。今見るとかなり円安ですが、当時の日本にとっては、それだけ「安い国」だったとも言えますね。

円の価値が低いぶん、日本製品は海外市場で安く売れました。繊維、鉄鋼、家電、自動車――日本の輸出産業はこの「安い円」の恩恵を受けながら急成長しました。戦後日本の「安くて良いもの」として世界に打って出た戦後日本の快進撃は、この360円という土台の上にあったのです。

この時代の日本人にとって、「円高になる」「円安になる」という感覚は、今ほど身近なものではなかったようです。為替は固定されていて、基本的には揺れないものだったからですね。

ところが1971年、前回の記事でも触れたニクソン・ショックで、ドルと金の交換が停止されます。「通貨の価値は固定ではない」という時代が始まり、日本円は変動相場制へと移っていきました。ここから日本は、為替の波に揺られながら生きていくことになります。

360円という「安定」の時代が終わり、円の価値は市場で毎日変動するようになりました。それは日本経済が「為替リスク」と向き合い始めた瞬間でもありました。

プラザ合意と「円高不況」― 強い円が産業を苦しめた

為替の歴史を語るうえで外せないのが、1985年の「プラザ合意」です。

当時のアメリカは、日本や西ドイツとの貿易赤字に苦しんでいました。「日本製品が安すぎる。それは円が安すぎるからだ」――そう考えた先進5カ国(G5)は、ニューヨークのプラザホテルに集まり、「ドル安・円高を進める」ことで合意します。

コケ丸
コケ丸
要するに「日本よ、もっと円を高くしろ」って言われたわけか
よしたか
よしたか
そう。そしてそれは、かなりの無茶ぶりだった

合意後、円は急騰します。1ドル=240円台だったものが、わずか1年ほどで150円台へ。日本の輸出品は一気に割高になり、輸出企業は苦境に立たされました。トヨタやソニーのような大企業も利益が激減し、工場の海外移転やコスト削減が加速します。

これが「円高不況」です。円が「強い」はずなのに、日本の製造業や輸出産業、そこで働く人たちにとっては深刻な打撃でした。地方の工場が閉まり、下請けの仕事が減っていく。「円高で喜ぶのは、輸入品を買う人だけだ」――そんな感覚が広がったのも、この頃でした。

円高の痛みは、レジの前ではなかなか見えません。店頭では物が少し安く見えても、職場の空気は冷えていく。円高の怖さは、そういう時間差のある痛みにありました。

ただし、この話には続きがあります。円高不況に対応するため、政府は金融緩和と内需拡大策を進めました。これが過剰な資金を生み、1980年代後半のバブル経済へとつながっていきます。為替の一手が、経済全体を予想外の方向に動かしていく。プラザ合意は、そのことを象徴する出来事でもありました。

円安は台所に入ってくる

時代は変わり、近年は逆の問題が前面に出てきました。急速な円安による物価上昇です。

円安で高くなるのは「輸入品」ですが、これは高級ブランドや外車だけの話ではありません。日本は食料やエネルギーの多くを輸入に頼っているため、円安の影響は想像以上に広範囲に広がります。

小麦粉、食用油、飼料(肉や卵に影響)、ガソリン、電気代の燃料(LNGや石炭)、ティッシュや洗剤の原料、スマートフォンの部品……。気づけば、生活のあちこちに入り込んでいます。

コケ丸
コケ丸
これ、ほとんど「生活の全部」じゃないか…
よしたか
よしたか
そうなんだよ。円安は「海外旅行が高くなる話」じゃなくて、朝ごはんから電気代まで、台所に入り込んでくる話なんだ

円高不況の時代は、痛みが輸出産業の現場に出て、生活者には見えにくかった。それに対して今の円安は、「暮らしの痛み」として、毎日のため息になって現れやすい。どちらもじわじわ効いてくる点では同じですが、痛みを感じる人の顔ぶれが違うのです。

給料が同じでも、買えるものが少しずつ減っていく。円安のつらさは、そういう形で家計にしみ込んできます。

さらに厄介なのは、輸入コストが上がれば国内産品の価格も連鎖的に上がることです。飼料が上がれば肉や卵が高くなる。燃料費が上がれば宅配便の運賃も上がり、野菜の流通コストも増える。円安の波は、「輸入品だけ」にとどまらないのです。

善悪ではなく「誰が痛むか」の話

為替の話になると、「円安が悪い」「いや輸出にはいい」という賛否が起きやすいのですが、実はどちらも半分正しくて、どちらも半分足りません。

同じ「円安150円」でも、見える景色は立場によってまるで違います。

日々の買い物をする人には、食料品や日用品が高くて苦しい。輸出自動車メーカーには、海外売上が円換算で増えて追い風になる。地方の観光地には、インバウンド客が増えて賑わいが生まれる。輸入に頼る中小企業には、仕入れコストが重くのしかかる。

コケ丸
コケ丸
つまり「円安が悪い」と決めつけるのは、ちょっと雑ってことか
よしたか
よしたか
そう。経済の話は、誰の目線で見るかで全然違って見える。それを知っておくだけで、ニュースの読み方も少し変わってくると思うよ

日本の為替の歴史は、ある意味で「生活コストの痛み」と「産業の痛み」の綱引きの歴史でした。360円の固定相場で輸出を伸ばし、プラザ合意で円高に苦しみ、いまは円安の物価高と向き合っている。

「為替が動いた」というニュースを見たとき、「自分はどの立場から影響を受けるのか」という視点を持てると、経済の話が急に身近になりますね。同じ数字でも、工場で働く人、輸入食材を使うレストランのオーナー、海外旅行を計画している人、外国株を買う人では、受け取り方がまったく変わるのです。

円安は暮らしを苦しくしやすく、円高は産業を苦しくしやすい。大事なのは「どちらが正しいか」を決めることではなく、いま誰にどんな痛みが出ているのかを見ることなのかもしれません。

ここしばらくは1ドル=150~160円あたりで推移していますが、10年後はどうなっているんでしょうね。「150円で円安とか言ってた時代があったな~」と懐かしく振り返るのか、「円高の今じゃ考えられえないくらい安いな!」なんて驚いているのか。もしかしたら「えっ10年前はまだドルが基軸通貨だったんだ……」となっているかもしれませんよ。

為替は、ニュースの中だけで動いている数字ではなく、その波は工場にも、観光地にも、そして台所にも届くものだからこそ、今後の動きに注視していきたいですね。

よしたか
よしたか
以上、為替の歴史から読む日本経済のお話でしたー

おしまい。

 

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榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。