「快楽主義者」は、パンと水で暮らしていた

こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。

エピキュリアン」という言葉をご存じでしょうか。美食家、快楽主義者。豪華な食事とワインを楽しみ、人生の快楽を追い求める人。そんな意味で使われる言葉です。

語源は、古代ギリシャの哲学者エピクロス。「快楽こそ善である」と説いた、快楽主義の元祖です。

ところが、です。この快楽主義の親玉エピクロス本人の食生活を調べると、驚くことになります。

主食はパンと水。ごちそうといえば、少しのチーズ。彼が友人に宛てた手紙には、こんな一節が残っています。「チーズの小さな壺を送ってほしい。贅沢をしたくなったときのために」。

チーズひとかけらが、贅沢。

快楽主義の開祖が、現代の僕たちよりはるかに質素な生活を送っていた。この矛盾のように見える事実にこそ、2300年間誤解され続けてきたエピクロスの本当の思想と、現代人の心を軽くするヒントが詰まっています。

コケ丸
コケ丸
快楽主義なのにパンと水? 看板に偽りありじゃないか
よしたか
よしたか
それがね、彼の言う「快楽」の定義を知ると、パンと水こそが快楽主義の完成形だとわかるんだよ。今日はその謎解きをしよう

エピクロスとは何者だったのか

エピクロスは紀元前341年、エーゲ海のサモス島に生まれました。アテネの市民権を持つ家庭でしたが、決して裕福ではなく、若い頃から各地を転々としながら哲学を学びます。

35歳頃、アテネ郊外に庭付きの家を買い、そこに学園を開きました。その名もずばり「庭園(ケーポス)」。プラトンのアカデメイアやアリストテレスのリュケイオンといった名門学園が都市の中心で論戦を繰り広げていたのに対し、エピクロスの庭園は郊外でひっそりと、仲間たちと野菜を育てながら哲学をする場所でした。

そしてこの庭園、当時としては非常識なことをやっています。女性と奴隷の入学を認めていたのです。

紀元前のギリシャで、哲学は自由人の男性のものでした。そこに女性も奴隷も分け隔てなく迎え入れた。身分や性別より、「穏やかに生きたい」という願いを共有できるかどうか。エピクロスの学園は、思想である前に、ひとつの共同体の実験でした。

彼のモットーは「隠れて生きよ」。政治の華やかな舞台で名を上げることを避け、庭で友人と語らい、質素に暮らす。この生き方自体が、彼の哲学の実践だったのです。

快楽の正体は「足す事」ではなく「引く事」だった

では本題です。エピクロスの言う「快楽」とは何だったのか。

彼の定義は、僕たちの直感と真逆です。

快楽とは、心と体に苦痛がない状態のこと

豪華な食事、刺激的な娯楽、興奮や熱狂。そういう「足し算の快楽」ではありません。空腹の苦痛がない。痛みがない。将来への不安がない。心がざわついていない。この「何も欠けていない静かな状態」こそが快楽の完成形だと、エピクロスは考えました。彼はこの境地を「アタラクシア(心の平静)」と呼びます。

こう考えると、パンと水の謎が解けます。

空腹という苦痛は、パンと水で消えます。豪華なフルコースを食べても、消える苦痛は同じ。ならば快楽の量は、実は同じなのです。むしろ贅沢に慣れると、それが手に入らないときに新しい苦痛が生まれる。だからエピクロスは質素を選びました。あのチーズの壺は、我慢ではなく、計算し尽くされた合理的な選択だったのです。

たまのチーズで最高に幸せになれる体は、毎日フルコースでないと満足できない体より、はるかに幸福への燃費がいい。エピクロスの快楽主義とは、幸福のコストを極限まで下げる技術でした。

コケ丸
コケ丸
幸福の燃費か……。オレ、給料日のたびに贅沢して、燃費の悪い体になってる気がするぞ
よしたか
よしたか
現代は「もっと欲しがらせる」仕組みに囲まれてるからね。エピクロスはそこに、欲望の仕分け方まで用意してくれてるんだ

欲望を3つに仕分けよ

エピクロスは、欲望をやみくもに否定しませんでした。彼がやったのは仕分けです。欲望には3種類ある、と彼は言います。

1つ目は、自然で必要な欲望。

食事、水、睡眠、住まい、そして友情。生きるために欠かせないもの。これは満たすべきです。しかも幸いなことに、この種の欲望は満たすのが簡単で、上限があります。お腹は一定量で満ちるのです。

2つ目は、自然だが必要ではない欲望。

美食、豪華な服、快適すぎる住まい。あっても悪くないが、なくても苦痛ではないもの。これは「あれば楽しむ、なくても気にしない」という距離感で付き合う。チーズの壺はここです。

3つ目は、自然でも必要でもない欲望。

名声、権力、富の際限ない拡大、他人からの賞賛。エピクロスが警戒したのはこれです。この種の欲望には上限がありません。フォロワーは何人いても足りず、資産はいくらあっても不安で、名声はどれだけ得ても隣の誰かと比べてしまう。満たされる瞬間が構造的に来ないのです。

心が苦しいとき、その原因はたいてい3つ目の欲望です。そしてこれは生存に必要ないのだから、手放しても死なない。エピクロスの処方箋はシンプルです。苦しみの原因になっている欲望が3番目の箱に入っているなら、それは捨てていい欲望だ、です。

2300年前の仕分け術ですが、SNSで他人の成功が毎日流れ込んでくる現代でこそ、切れ味を増していると思えますね。

「死は、僕たちには何の関係もない」

エピクロスの思想でもうひとつ有名なのが、死についての考え方です。彼は人間の不安の最大の源は死の恐怖だと見抜き、これを理屈で解体しにかかりました。

彼の論法はこうです。「私たちが存在するとき、死は存在しない。死が存在するとき、私たちはもう存在しない。だから死は、私たちには何の関係もない」。

屁理屈に聞こえるでしょうか。でもよく考えると、僕たちが恐れているのは「死そのもの」ではなく、「死を想像している今の不安」です。エピクロスは、まだ来ていないものへの想像で今日を毒されるな、と言っているのです。将来への漠然とした不安で今日が楽しめない、という現代人の悩みの、これは最古の処方箋かもしれません。

そして彼は、幸福の核心に「友達」を置いた

意外に思われるかもしれませんが、エピクロスが人生で最も価値があるとしたのは、美食でも安逸でもなく、情でした。

彼は「知恵が人生の幸福のために獲得するもののうち、最も偉大なのは友情である」という言葉を残しています。庭園という学園自体が、要するに「気の合う仲間と暮らす場所」でした。

これは現代の研究とも響き合います。ハーバード大学が80年以上続けている幸福の追跡研究でも、人の幸福と健康を最も左右するのは、富でも名声でもなく「良い人間関係」だと報告されています。エピクロスは2300年早く、同じ結論に到達していたわけですね。

贅沢を削り、名声を追わず、浮いた時間とお金と心の余裕を、友人との時間に注ぐ。エピクロスの幸福論は、禁欲の教えではなく、幸福の予算配分の見直しだったのです。

最後に ― 引き算の幸福論を、ひとつまみ

エピクロスの思想は、死後2300年にわたって「快楽主義=放蕩」と誤解され、攻撃され続けました。誤解の主な理由は皮肉なもので、「快楽」という言葉を掲げたせいです。中身は正反対の、静けさの哲学だったのに。

彼は72歳(※71歳とも)で亡くなりますが、死の床から友人に宛てた最後の手紙が残っています。病の苦痛は激しいと認めながら、彼はこう書きました。「それでも、君と交わした対話の思い出が、私の心を喜びで満たしている」と。

体の苦痛の最中でも、心の快楽は保てる。自らの哲学を、最期の一日まで実演してみせた人でした。

さて、皆さんの心を今いちばん重くしているものは何でしょうか。それはエピクロスの3つの箱の、どれに入っているでしょうか。

もし3つ目の箱、「自然でも必要でもない欲望」の箱に入っているなら、朗報です。それは、捨てても死なない重りです。

全部を手放す必要はありません。まずはひとつ。上限のない競争をひとつ降りて、浮いた心の余裕で、久しぶりに友人に連絡してみる。それだけで、エピクロスの庭園の門は、もう半分くぐれていると思います。

よしたか
よしたか
以上、エピクロスの幸福論にまつわるお話でした

おしまい。




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榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。