「時間がない」のは、時計のせいかもしれない

こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。

時間に追われる」という言い方、よく考えると変だと思いませんか。

時間は追いかけてきません。走っても来ないし、噛みつきもしません。それなのに僕たちは、締め切りに追われ、電車の時刻に急かされ、分刻みのスケジュールに息を切らしています。

でも、歴史を振り返ると面白いことがわかります。人類は、ほんの150年ほど前まで、「分」という単位をほとんど意識せずに生きていたのです。

江戸時代の日本人に「14時30分に集合ね」と言っても、まったく通じません。当時の時間感覚はもっとおおらかで、「昼過ぎに」「日が傾いた頃に」で社会は十分に回っていました。

つまり「時間に追われる感覚」は、人間の本能ではなく、ある発明品が僕たちに植え付けた、わりと新しい感覚なのです。その発明品とは、もちろん時計

今日は、人類が時計を作り、やがて時計に支配されていくまでの歴史をたどります。読み終わる頃には、「時間がない」という口癖の正体が、少し違って見えるはずです。

コケ丸
コケ丸
時間に追われるのが本能じゃないなら、オレたちはいつからこんなにセカセカしてるんだ?
よしたか
よしたか
それがはっきり特定できるんだよ。犯人は産業革命と鉄道。でもまずは、時計の始まりから見ていこう

最初の時計は「影」だった

人類最初の時計は、太陽が作る影でした。

古代エジプトでは、オベリスクという巨大な石柱の影の位置で時刻を読んでいました。紀元前1500年頃には持ち運べる日時計も登場します。夜や曇りの日に備えて、水が一定の速さで滴り落ちる水時計も発明されました。

ただ、ここで面白いのは古代人の時間の数え方です。

彼らは昼を12分割、夜を12分割していました。当然、夏は昼が長く、冬は昼が短い。つまり「1時間」の長さが、季節によって伸び縮みしていたのです。夏の昼の1時間は長く、冬の昼の1時間は短い。

いい加減に聞こえますか。でも考えてみれば、これは自然に寄り添った合理的なシステムです。日の出とともに起き、日没とともに休む生活なら、時間のほうが自然に合わせて伸縮してくれるほうが便利なのです。

江戸時代の日本も同じ「不定時法」でした。そして日本の時計職人たちは、季節ごとに文字盤を調整して伸び縮みする時間を表示できる「和時計」という驚異のカラクリを作り上げています。西洋の均一な時計をわざわざ改造して、自然に合わせた時間を守ったんですね。この時代、まだ人間は時間の主人だったのです。

機械時計を求めたのは、意外にも修道院だった

では、休みなく均一に時を刻む機械時計は、どこで生まれたのか。

答えは意外です。中世ヨーロッパの修道院でした。

修道士たちには、一日に何度も決まった時刻に祈るという厳格な務めがありました。夜明け前の祈りもあります。誰かが起きて時間を計り、鐘を鳴らさなければならない。この「祈りの時間を絶対に守る」という宗教的な要請が、機械時計の開発を後押ししたと言われています。

14世紀頃、ヨーロッパの都市に機械式の塔時計が登場し、鐘の音が街に時を告げるようになります。ちなみに英語のclockの語源は、「」を意味する言葉です。時計とはもともと、見るものではなく聞くものだったのです。

ここで、時間の性質が静かに変わり始めます。太陽の動きというあいまいな自然から、機械が刻む均一な拍へ。ただし、この時点ではまだ、時計は街に一つの共有物でした。人々は鐘の音をゆるやかな目安にして暮らしており、分刻みの生活とはほど遠いものでした。

産業革命 ― 時間が「お金」に変わった日

決定的な転換点は、18〜19世紀の産業革命です。

工場というシステムは、大勢の労働者が同時に働くことで成立します。一人でも遅れれば、ラインが止まってしまう。ここで人類史上初めて、「全員が同じ時刻に従う」ことが経済的な必須条件になりました。

工場は始業のサイレンを鳴らし、遅刻には罰金を科し、労働時間を分単位で管理し始めます。「時は金なり」という言葉が実感を持つのは、まさにこの時代からです。時間はもはや自然のリズムではなく、賃金と交換される資源になりました。

ここで、思わず人に話したくなる珍商売を紹介します。

産業革命期のイギリスには、「ノッカー・アッパー」という職業がありました。日本語にすれば「起こし屋」。目覚まし時計がまだ高価だった時代、長い棒で労働者の家の窓をコンコン叩いて回り、寝坊を防ぐのが仕事です。豆を吹き矢で窓に当てる名人もいたそうです。

人を起こすことが商売になるほど、「定刻に間に合うこと」は死活問題になっていたんですね。時間に追われる人類の誕生です。

コケ丸
コケ丸
窓を叩いて起こす職業!? じゃあその起こし屋は誰が起こすんだよ
よしたか
よしたか
それ、当時からあるジョークなんだよ。実際は起こし屋自身が夜型の生活をしていたらしい。目覚まし時計の普及とともに、この仕事は消えていったんだ

鉄道が「全国同じ時刻」を作った

産業革命がもうひとつ生んだ怪物が、鉄道です。そして鉄道こそ、時間を全国で統一させた張本人でした。

考えてみてください。時計が街ごとにバラバラだったら、時刻表が作れません。実際、19世紀半ばまで、時刻は町ごとに違うのが当たり前でした。太陽の南中時刻は場所によってズレるので、ロンドンとリバプールでは時計が数分違ったのです。鉄道会社はこれに困り果て、イギリスでは鉄道会社が主導して時刻の統一が進みました。

そうして1847年にはグリニッジ天文台(経度0度)を基準にした時間のものさし(グリニッジ標準時)を採用し、1850年代半ばには公共時計の多くが統一されていきました。

アメリカに至っては、各都市がバラバラの時刻を使っていた結果、鉄道の運行が大混乱。1883年、鉄道会社たちが国に先んじて大陸を時間帯で区切り、グリニッジ標準時を導入しました。国家より先に、鉄道が時間を支配したのです。

日本で標準時が定められたのも、明治になってからです。1873年、太陽暦への改暦とともに、それまでの不定時法に代わって、1日を均等な24時間に分ける定時法が導入されました。さらに1888年からは、東経135度を基準とする日本標準時が使われるようになります。

こうして、全国どこでも同じ「1時間」を使う生活が始まりました。江戸の人々がおおらかな不定時法で暮らしていたことを思うと、日本人が「分刻み」になってから、まだ150年ほどしか経っていないのです。

それにしても、今や日本の鉄道は秒単位の正確さで世界を驚かせています。時間にいちばん遅れて参加した国が、いちばん時間に几帳面な国になったというのは、なんとも面白い皮肉です。

地球の自転から原子へ ― 協定世界時の誕生

こうして19世紀末までに、世界の時刻を結びつける共通の基準が整いました。

ところが20世紀、時刻をさらに正確に測ろうとすると、新たな問題が明らかになります。地球の自転は、実は完全に一定ではなかったのです。ほんのわずかですが、速くなったり遅くなったりすることがわかりました。地球の回転を基準にする限り、「1秒」の長さをどこまでも正確に刻むことはできなかったのです。

そこで20世紀、人類は地球ではなく、原子の振動を使って秒を定めるようになります。そして1972年から本格的に使われ始めたのが、「協定世界時」です。

協定世界時は、原子時計の正確さを基礎にしながら、地球の自転が示す時刻とも大きくずれないよう調整されています。これまで行われてきた「うるう秒」は、原子が刻む規則正しい時間と、少し気まぐれな地球の回転との帳尻を合わせるためのものでした。

現在の日本標準時は、この協定世界時に9時間を足したものです。つまり東京の時計も、ロンドンの時計も、世界中の通信網も、同じ一本の時間を基準に動いています。

原子時計を基準にした「標準電波」を定期的に受信することで、自動的に時刻を合わせる「電波時計」も誕生し、とうとう「狂わない時計」も誕生します。

日時計の影から始まった人類の時間は、ついに地球全体を覆う、目に見えない共通の物差しになったのですね。

そして時計は、体の中に入った

20世紀、時計は塔から懐中へ、懐中から手首へと、どんどん体に近づいてきました。

そして現代。スマートウォッチは心拍と睡眠を計測し、スマホは分刻みの通知を送り、カレンダーアプリは15分単位で予定を区切ります。かつて街に一つだった時計は、今や一人ひとりの手首と、ポケットと、意識の中にあります。

タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉まで生まれました。動画は倍速で見る。行列は時間の無駄。隙間時間も有効活用。

修道院の鐘から始まった均一な時間は、700年かけて、ついに僕たちの心の中にまで入り込んだのです。

時計の奴隷から、使い手に戻るために

さて、ここまでの歴史を踏まえて、大事なことを確認します。

時計そのものは、悪者ではありません。標準時があるから電車は正確に走り、約束は成立し、遠く離れた人と同じ瞬間に会議ができます。時計は人類最強の「協力の道具」です。

問題は、協力のための道具を、自分ひとりの時間にまで適用してしまうことです。

他人と協力する時間、つまり仕事の約束や納期は、分刻みで管理する価値があります。でも、休日の午後や、趣味の時間や、家族とのだらだらした時間まで「効率」で測り始めると、僕たちは工場のない場所でも工場労働をしていることになります

歴史が教えてくれるのは、時間の感じ方は一種類ではないということです。伸び縮みする江戸の時間も、鐘の音をゆるく聞く中世の時間も、人類はちゃんと生きてきました。分刻みの時間は、あくまで「協力用の設定」であって、人間の標準仕様ではないのです。

僕自身、フリーランスなので締め切りは絶対に守ります。そのために残り時間を逆算し、時計を気にしながら、深夜遅くまで絵を描くことも珍しくありません。正直に言えば、僕も時計の使い手である以上に、時計に追われている側です。

それでも、ひとつ区別しておきたいことがあります。締め切りや約束の時間は、他人と協力するために必要です。しかし、誰とも約束していない時間まで、成果や効率で測る必要はありません。休んだ時間を「無駄にした」と責めたり、趣味にまで上達や成果を求めたりすれば、自分の時間にも工場の時計を持ち込むことになります。

まずは、何もしなかった時間を「何もできなかった時間」と呼ばないこと。時間に追われないための第一歩は、時計を見ないことではなく、時計に自分の価値まで測らせないことなのかもしれません。

コケ丸
コケ丸
休みの日まで「有効活用しなきゃ」って焦ってたオレは、休日にも工場のサイレンを鳴らしてたのか……
よしたか
よしたか
その感覚、産業革命が僕たちに残した置き土産なんだよね。気づくだけでも、少しゆるめられると思うよ

最後に ― 時間は、追ってこない

影で時を測ったエジプト人。祈りのために歯車を組んだ修道士。窓を叩いて回った起こし屋。秒単位で電車を走らせる現代の日本人。

時計の歴史は、人類が「協力の精度」を上げてきた歴史です。それ自体は誇っていい達成だと思います。

ただ、忘れないでいたいのは、時間に追われる感覚は本能ではなく、150年前に僕たちがインストールした設定だということです。設定なら、場面によって切り替えられます。

冒頭の話に戻ります。時間は、追いかけてきません。追われている感覚を作っているのは、いつでもどこでも均一な時を刻み続ける、手元の小さな機械と、それに合わせようとする僕たちの頭の中です。

今度の休日、少しだけ時計を見ないで過ごしてみてください。日が傾いたらお茶にする。腹が減ったら食べる。江戸の人々が生きていた、伸び縮みするおおらかな時間が、意外とすぐそこに残っていることに気がつくかもしれません。

よしたか
よしたか
以上、時計の歴史にまつわるお話でした

おしまい。




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榎本 よしたか
フリーランス歴20年の歴史好きイラストレーター。 歴史や哲学、幸福論をテーマに、現代の仕事や組織に通じるヒントを考えるブログです。 戦国時代、幕末、近代、そして古代思想まで。時代や国を越えて、人間の選択と意思決定の構造を見つめ直します。