企業ロゴの歴史 ― 企業が「変える」と「守る」の間で考えていること
世界中から集めて、最後に「変えません」
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
1981年、ソニーは創立35周年を迎えるにあたって、こんな計画を立てました。
「新しいロゴを作ろう。世界中からデザインを公募しよう!」
高額の賞金が用意されたこともあって、応募は世界中から実に3万点近く殺到しました。審査には創業者のひとり、盛田昭夫も加わり、優れたデザインが最終候補として選ばれます。
ところが、公表された結果はこうでした。
「ロゴは、変更しない」
世界中からデザインを集め、最終候補を選びながら、結局ロゴは変更しない。なんとも大胆な決断です。(以下は当時の広告を引用)
もちろん、応募者にとっては複雑な結果だったかもしれません。それでもソニーは、新しいデザインを選ぶのではなく、使い続けてきたロゴを選んだのでした。
そして、1973年に完成したあの4文字は、半世紀以上が経った今も、世界中で使われ続けています。
企業にとって、ロゴを変えるかどうかは、かなり重たい決断です。今日は、変えた企業と変えなかった企業の話をしながら、何を変え、何を残すのかを考えてみたいと思います。
企業がロゴを変えたくなる、まっとうな理由
まず押さえておきたいのは、ロゴを変えたがるのは軽薄だからではないということです。
企業がロゴの刷新を考えるとき、だいたい次のような事情があります。
ひとつは、事業の中身が変わったとき。創業時の商売から大きく広がって、昔のロゴが実態と合わなくなる。
ふたつめは、時代の空気に合わなくなったとき。立体的でツヤのあるデザインが流行った時期もあれば、徹底的にシンプルな線だけが好まれる時期もあります。
みっつめは、節目。創業50周年、100周年といったタイミングで、会社のあり方を問い直す。
そしてよっつめが、意外と大きい技術的な理由です。スマートフォンのアプリアイコンのような、ごく小さな四角の中で読めなければならない。細かい装飾や繊細なグラデーションは、その条件では潰れてしまう。近年、多くのブランドが一斉にシンプルな形へ移行した背景には、この事情もあります。
つまりロゴの変更は、たいてい切実な理由から始まるのです。
変えた企業の話 ― コクヨの「594度」
では、実際に変えた企業の例を見てみましょう。
2025年10月、文具でおなじみのコクヨが、創業120周年を機にロゴを刷新しました。KOKUYOのK・K・Yの3文字を、等間隔の斜めライン上に並べたデザインです。
このロゴ、仕掛けがなかなか凝っています。
斜めラインの角度には、「594(コクヨ)度」が隠されているというのです。360度を超える数字というのが、また洒落ています。しかも、このロゴは並べ方や組み合わせ方を変えることで、さまざまなパターンに展開できる。社員の名刺は一人が複数のデザインを持ち、その時々で渡す名刺が変わるのだとか。
なぜそこまでするのか。文具の会社というイメージを超えて、オフィスの空間づくりから通販まで手がける「多面性」を表現するためだと説明されています。あわせて、同社初のコーポレートメッセージ「好奇心を人生に」も掲げられました。
そしてここが面白いのですが、新しいロゴの方向性を決める手がかりになったのは、1981年から2005年まで使われていた昔のロゴだったそうです。並べたときにパターンとして成立するロゴは意外と少ない。過去のデザインを眺めるうちに、進むべき方向が見えた。
前へ進むために、いったん過去を振り返ったわけです。
ちなみに僕は昔、家具デザイナーとしてコクヨの学校用家具の開発に関わったことがあります。当時お世話になった会社が、何十年か経ってこういう形で自分たちを定義し直しているのを見るのは、なかなか感慨深いものがあります。
文字を消したスターバックス
もうひとつ、鮮やかな例があります。
2011年、スターバックスが創業40周年でロゴを変更しました。やったことはシンプルで、円の中に書かれていた「STARBUCKS COFFEE」という文字を外し、セイレーンの姿だけを残したのです。
この決断の意味は明快です。コーヒーという言葉を外すことで、コーヒー以外のものを扱う余地が生まれる。文字を消すことで、言えることが増えたわけです。
もちろん、これは相当な自信がなければできません。文字を外しても、あの緑の人魚を見れば誰もが店の名前を思い浮かべる。そこまでブランドが浸透しているという確信があって、初めて成立する判断です。
余談ですが、あのセイレーンは以前このブログで書いた「中世ヨーロッパで鳥から魚の尾を得た怪物」の末裔です。船乗りを歌で惑わせた怪物が、現代では世界中のコーヒー店の看板になっている。歴史というのは、本当に面白いところに流れ着くものですね。
守り方が違う ― コカ・コーラとペプシ
さて、ここで対照的な二社を並べてみます。
コカ・コーラは、長く親しまれてきた流れるような筆記体の基本形を、守り続けてきました。細かな調整はあっても、あの形を見間違える人はいません。
一方、ペプシは自らを「挑戦者」として位置づけ、若い世代やポップカルチャーとの関係を大切にしてきたブランドです。2023年には14年ぶりとなるロゴの刷新を発表しましたが、そこでは過去のロゴに使われていた要素を取り込みながら、デジタル時代に合う新しい表現が目指されました。
こうしてみると実に対照的な二社ですね。
変化の仕方は違っていても、どちらも自分たちの歴史を大切にしていると感じます。
これを見て「変えないのが偉い」「変えるのは落ち着きがない」と感じる方もいるかもしれませんが、そういう話ではないと思います。守るべきものをそのままの形で守るか、形を変えながら受け継ぐか。方法が違うだけで、向き合っているものは案外似ているようにも思えるのです。
そしてソニーは、変えないことに決めた
ここで冒頭の話に戻ります。
現在のSONYロゴが完成したのは1973年。実はこれ、6代目にあたるデザインです。1955年に商標登録されて以来、読みやすさや見やすさを求めて、何度も細かな調整を重ねてきた末の形でした。
美学だけで作られた形ではありません。看板でも、商品でも、遠くからでも確実に読める。そういう実務的な要求に応えながら磨かれてきたロゴだったのです。
そうして磨き上げられた1973年版を前にして、1981年の公募で選ばれた候補は、結局採用されませんでした。井深大と盛田昭夫の判断は、ひとことで言えばこうです。
「今のロゴのほうが明快で良い」
選ばれた案は、いずれも80年代らしい意欲的なデザインだったと伝えられます。おそらく、当時の流行には合っていたのでしょう。しかし経営陣が選んだのは、流行ではなく、すでに10年近く世界中の人々の目に触れてきた4文字のほうでした。
ロゴの価値は、使われ続けることで育っていく
ここまで見てくると、企業がロゴを変えることにも、変えないことにも、それぞれ理由があるとわかります。
そして、もうひとつ気づくことがあります。
ロゴはデザイナーが作りますが、ブランドとしての価値は、その後も育ち続けるということです。
街の看板で、テレビの画面で、商品のパッケージで。何度も同じマークを目にするうちに、人々はその形を覚えていきます。さらに、その会社の製品を使った経験や、サービスへの信頼が重なっていく。
長年使われたロゴには、デザインそのものの完成度だけでは測れない価値が宿るのでしょう。だからこそ、ロゴを変えるときには慎重な判断が必要になります。
ただし、変えたからといって、積み重ねてきたものがすべて失われるわけではありません。
コクヨは過去のデザインを手がかりに新しいロゴを作り、スターバックスはセイレーンを残しました。ペプシも、かつて親しまれたデザインの要素を新しい形に取り込んでいます。そしてソニーは、ロゴそのものを変えずに守りました。
変えた企業も、変えなかった企業も、実は長年育ててきたものをどう未来へつなぐかという、同じ問題に向き合っていたのではないでしょうか。
大切なのは、古いか新しいかではありません。何を変える必要があり、何を残す価値があるのか。その両方を考えることなのだと思います。
最後に ― 変えるものと、守るもの
ここまで企業の話をしてきましたが、これは僕たち個人にも通じる話だと思います。
フリーランスをしていると、名刺やウェブサイトのデザインを変えたくなることがあります。仕事の内容が変わったり、もっとわかりやすく情報を伝えたくなったり。単純に、今の見た目が古く感じられることもあるでしょう。
もちろん、新しくすることには意味があります。
でも、長く使ってきた名前やデザインには、すでに積み重なった認知や信用があるかもしれません。それを忘れずに、何を変え、何を残すのかを考えたいものです。
僕の屋号「Yoshitaka Works」のロゴは2005年にデザインし、以降21年間使い続けています。
新しいデザインは作れます。でも、長年積み重なった時間だけは、新しく作ることができません。
その時間を、どう未来へ受け継いでいくのか。
ロゴの歴史は、そんな問いを僕たちに投げかけているように思います。
おしまい。
参考文献・参考資料
GIGAZINE(2014年11月25日)ソニーの1981年ロゴ公募に関する記事
BCN+R(2016年8月26日)ソニーのロゴの変遷に関する記事
Impress Watch(2025年)コクヨのロゴ刷新に関する記事
AdverTimes(宣伝会議)コクヨ120周年リブランディングに関する記事
CNN Money(2011年1月5日)”Starbucks unveils a new logo”
TODAY(2023年3月)ペプシの新ロゴ発表に関する記事
※1981年のソニーのロゴ公募の賞金の詳細については資料によって記述に幅があるため、本文では具体的な数字には触れていません。







