自由とは、好き勝手にすることなのか ― ジョン・ロックに学ぶ権利と責任
「自由」と「好き勝手」は、どこが違うのか
こんにちは。歴史好きイラストレーターの榎本よしたかです。
「自由な働き方」という言葉が、あちこちで聞かれる時代になりました。
好きな時間に働く。好きな場所で働く。嫌な仕事は断る。組織に縛られない。フリーランスという僕の働き方も、よく「自由でいいですね」と言われます。
でも、20年この働き方をしてきて思うのです。自由とは、人が思うほど気楽なものだろうか、と。
好きな時間に働けるということは、働く時間を自分で管理する責任があるということです。嫌な仕事を断れるということは、断った結果を自分で引き受けるということです。自由の分だけ、必ず何かがセットでついてくる。
実はこの「自由と責任はセットである」という考え方を、330年前に理論として打ち立てた人物がいます。イギリスの哲学者、ジョン・ロックです。
人は生まれながらに生命・自由・財産に対する権利を持ち、政府はそれを守るために存在する。そんな考え方を打ち出したことから、しばしば「自由主義の父」と呼ばれています。
そして驚くべきことに、彼の理屈は現代の僕たちの常識、「働いた分の報酬は自分のもの」「国民には政府を選ぶ権利がある」の直接の源流になっています。アメリカ独立宣言も、日本国憲法も、ルーツをたどるとこの人に行き着くのです。
ジョン・ロックについて
ジョン・ロックは1632年、イングランドの田舎町に生まれました。医者としての訓練を受けた人物で、実はイギリス経験論を代表する大哲学者でありながら、本業は医師・政治顧問という顔を持っていました。
彼の人生を語るうえで欠かせない逸話があります。ロックは政治家シャフツベリ伯爵の主治医を務めていたのですが、あるとき伯爵の肝臓に膿瘍ができ、命が危ぶまれる事態になりました。ロックは当時としては大胆な外科手術を主導し、伯爵の命を救います。この手術の成功が縁となり、ロックは伯爵の政治ブレーンとして、イギリス政治の中枢に関わっていくことになるのです。
しかし、これが彼の人生を激動に変えました。
伯爵が国王と対立して失脚すると、ロックにも危険が及びます。政府転覆の陰謀への関与を疑われ、母国にいられなくなり、オランダへ亡命。偽名を使い、友人の家を転々とする逃亡生活を送りました。彼の代表作『統治二論』は、この命がけの逃亡の時代に温められた思想なのです。
1688年、イギリスで名誉革命が起こり、専制的な国王が追放されると、ロックはようやく帰国します。そして翌年、『統治二論』を出版。ただし、著者名は伏せたままでした。生前、彼はこの本が自分の著作だと公には認めなかったといいます。それほど危険な思想だったのです。
「王の権力は神から授かった」への挑戦状
ロックの時代、ヨーロッパの常識は「王権神授説」でした。王の権力は神から授けられたものだから、臣民は絶対に逆らってはならない、という考え方です。
ロックはこれに、真正面から異を唱えました。
人間は生まれながらにして、生命・自由・財産への権利を持っている。これは王が与えたものではないし、王が奪えるものでもない。政府というものは、人々がこの権利を守るために契約して作った道具にすぎない。
道具にすぎない、というのがポイントです。
道具が役目を果たさなくなったら、どうするか。取り替えます。ロックは同じ理屈で、こう言い切りました。政府が人々の権利を守るどころか侵害するようになったら、人民にはその政府を取り替える権利がある、と。
これが「抵抗権」です。この思想は約90年後、海を渡ってアメリカ独立宣言に流れ込みます。「生命、自由、幸福の追求」という有名な一節は、ロックの「生命・自由・財産」の直系の子孫です。さらにはフランス革命、そして現代の民主主義国家の憲法へ。僕たちが「選挙で政権を変えられる」ことを当然と思えるのは、ロックがその理屈を発明してくれたからなのです。
「働いたものは自分のもの」を理論にした人
ロックの思想でもうひとつ、僕たちの日常に直結しているものがあります。所有権の理論です。
なぜ、働いて得たものは自分のものなのか。改めて問われると、答えに詰まりませんか。
ロックの答えはこうです。人は誰でも、自分の身体を所有している。だから、自分の身体を使った労働も自分のものである。そして、自然にあるものに自分の労働を混ぜ合わせたとき、そのものは自分の所有物になる。
森のどんぐりは誰のものでもない。でも、僕が自分の手で拾い集めたどんぐりは、僕のものになる。拾うという労働が混ざったからです。
これを「労働所有論」と呼びます。当たり前に聞こえるかもしれませんが、この理屈が生まれる前の世界では、「すべての土地と財産は究極的には王のもの」という考え方が普通でした。働いた成果があなたのものであるのは、王の恩恵ではなく、あなたの権利である。ロックはそう宣言したのです。
イラストレーターとして考えると、この議論は決して遠い昔の話ではありません。僕が描いた絵には、日本の著作権法によって、完成した時点で著作権が自動的に発生します。
現代の著作権制度がロックの理論そのものから作られたわけではありませんが、自分の労働によって生み出した成果に権利を認めるというロックの考え方は、後世の知的財産権を正当化する議論の一つになりました。
自分の技術と時間を注いで作ったものについて、フリーランスが対価を堂々と求める。その感覚の源流の一つを、330年以上前のロックの思想に見ることができるのです。
ロックの自由には「ただし書き」がある
さて、ここからが本題です。
ここまで読むと、ロックは「個人の自由バンザイ」の人に見えるかもしれません。でも彼の自由論には、重要なただし書きがついています。
ロックは自然状態、つまりルール以前の世界でも、人間は完全に好き勝手ではないと考えました。そこには「自然法」という理性の法があり、それはこう命じている。自分の生命・自由・財産が大切なら、他人の生命・自由・財産も同じように尊重せよ。
つまりロックにとって自由とは、「何をしてもいい状態」ではありません。他人の同じ自由を侵さない範囲で、自分の人生を自分で決められる状態のことです。
自由には最初から、他者への責任が織り込まれている。むしろ、他人の権利を踏みにじる行為は、自由の行使ではなく自由の破壊である。ロックの理屈では、そうなります。
「表現の自由だから何を言ってもいい」「自由な働き方だから約束を破るのも自由」。現代でときどき見かけるこういう論法は、ロック的に言えば自由の使い方を間違えています。自分の自由の根拠は「人間は皆、権利を持つ」という前提です。その前提を自分にだけ適用して他人に適用しないのは、自分の自由の土台を自分で壊しているのと同じなのです。
自由な働き方とは、責任を引き受ける働き方
この視点で、冒頭の「自由な働き方」に戻ります。
フリーランスの自由とは、好きなことだけをする自由ではありません。実態は、判断の責任を全部自分で引き受ける働き方です。
仕事を選ぶ自由には、選んだ結果への責任がつきます。時間を自分で決める自由には、自分を管理する責任がつきます。価格を自分で決める自由には、その価格に見合う仕事をする責任がつきます。
そして、取引相手にも同じ自由と権利があります。こちらに報酬を請求する権利があるように、相手には約束された品質を受け取る権利がある。納期を守ること、条件を明確にすること、できないことをできないと言うこと。これらは自由の制限ではなく、お互いの権利を尊重し合うという、自由の作法そのものです。
自由と責任はセット。よく聞く言葉ですが、ロックを読むとその意味の解像度が上がります。責任とは、自由の代金として後から支払うものではありません。他人の自由を尊重するという責任が、そもそも自分の自由の成立条件なのです。
最後に ― 権利は、空気ではない
僕たちは、権利というものを空気のように扱いがちです。生まれたときからそこにあって、あって当たり前のもの。
でも歴史をたどれば、それは誰かが命がけで発明し、闘って勝ち取り、リレーのように受け渡してきたものです。ロックは偽名で逃亡しながらその理屈を練り上げ、自分の名前を伏せてまで世に送り出しました。
自由とは、好き勝手にすることなのか。
ロックの答えは明快です。違う。自由とは、自分の人生の主人が自分であることを認め、同時に、他人の人生の主人はその人であることを認めることだ、と。
自分の権利を主張するとき、その同じ理屈で他人の権利も守る。この対称性こそが、好き勝手と自由を分ける一線です。
明日、仕事で何かを主張したくなったとき、少しだけ思い出してみてください。自分のこの主張は、立場が逆になっても成り立つだろうか、と。成り立つなら、それは正当な権利の主張です。成り立たないなら、それはただの好き勝手かもしれません。
330年前の逃亡者が残したこの物差しは、今日の僕たちの仕事にも、まだ十分に使えるのですね。
おしまい。







